定年後の読書ノートより
どうしたら幸福になれるか、再読(4)、WBウルフ著、岩波新書&一光社
第3章、障害についてー恐怖と劣等感―

ひどい身体的欠陥や病気が生存競争に手痛いハンディキャップになることで子供達は悩む。子供達は弱い感覚器官をとおして世の中を知る。子供達は欠陥ある器官をもとにして世界を見、評価する。医学的な意味では、身体的欠陥とはいえないが、生きるという問題について、深刻な影響を受ける子供達は沢山いる。どの場合も劣等感の原因になり、人間嫌いと孤立と恐怖に苦しめられる。

理由は社会がうるさいからである。多くの子供達がみにくいとか、美しいとかを意識する。しかし人間の幸福に大いに貢献した男や女は、みにくい人々が随分多かったという社会の歴史を学ぼうとしない。また美しいということを自分の値打ちと意識し、常に受身の考えに甘んずる子供が多い。

多くの、子供時代には醜かった人が、大人になった時に、その人の品性全体から輝き出してくる美しさを身につけているのに比して、自分の人生の関心を自分の美しさにかけてきた人は、あさはかな虚栄心でその美しさを大方駄目にしてしまうものである。

一人っ子はちっぽけな宇宙の中心として育つ。そのひとつひとつの行ないが父母にとって過度に重要なもののように感じられる。父母の過度な緊張感は、一人っ子に、独立、勇気、社会的センスを正しく教える機会を奪ってしまう。

2番目の子の攻撃性は、長子の保守的な考えに対して、裏をかく性質のものだ。しかし、幸福になるという芸術は、大部分が、危険なものを価値あるものに変えることだ。兄弟の順位からくる困難な問題は、他のすべての条件に共通するものだが、不幸になるように運命づけられて居る人など一人もいない。

人は誰でも生まれたときは自由で平等だというのが民主主義の原則だ、労働を嫌って快楽の為の快楽を賛美し、労働することに自分の救いを見出すということが出来ない大人達は一杯いる。彼等は、人間の幸福達成をむずかしいものにしている。

労働に勇気をもって立ち向うか、現実を勇気をもって受け容れるか、これが人間の幸福を本源的に左右する。母親の第1の義務は、子供を人間という生き物の社会という集まりのなかに、始めて参加させることである。第2の義務は、子供を自分自身の力で発達させるように訓練してやることだ。

子供を人間の仲間入りをさせ、子供を男女という両性とわかりあえるようにしてやるばかりではなく、労働がほんとうに必要なものだということをわからせるという問題は、父母の義務である

最後に、人間は幸福になりうる「かのように」行動すること。諸君が良きたたかいにとりかかるなら、良き生活は諸君の手にとどくところにある。正々堂々とチャンスをつかめ。たたかいを放棄しさえしなければ負けるきづかいはない。

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