定年後の読書ノートより
どうしたら幸福になれるか、再読(5)、W・B・ウルフ著、岩波新書&一光社
第4章、手法についてー代償とその行き過ぎー

人生の手法は、自分の欠点や陥りやすい危険を知っていて、それらを生きた手だてに変えていくことだ。

現在の文明をつぶさに検討してみれば、我々が誇りとしている文明は、原始時代の人間の劣等感の中から生まれてきたものだ。人類はずっと集団をなしてきた。どんな人も、精神的に孤立していては幸福にはなれない。幸福というものは、社会的に有用な活動ということによってのみ達成しうるのだ。

天才とは、彼自身の身体器官の欠陥を埋め合わせるのに、社会的に有用な結果をもたらそうとして、わき目もふらず鍛練したから得られた成果である。

社会的、家庭的、あるいは経済的、宗教的なことがもとになって出来た劣等感は、どんなふうにして代償―埋め合わせされるのだろうか。長男や長女は、彼等の家庭内での位置を失うことについての、最良の代償を、保守的なしごと、歴史学者や、考古学者、古典学者の中に見つけ出す。2男の反逆は、これとは性質がちがう。彼等は、出来上がっている保守主義という建物を打ち壊す歓びだけで、もううきうきする偶像破壊者である。

君がもし甘やかされた子供だったら、君が、独立と社会的な感情と社会的な勇気を君の生き方として身につけないかぎり、君はけっして本当の幸福をみいだすことは出来ないだろう。幸福な人間になるには、社会的な一員になりきることだ。劣等感の代償手法は、自立心に根ざした思考を身につけ、社会的勇気にあふれ、社会的責任を背負い、人生を肯定し、その結果、幸福、自信、社会の人々による承認という結果をえられる人のことなのだ。

創造的なしごとや趣味や道楽にこころを打込む世界をきずくことは、或る意味では、年取ったり病気になったりしたときに誰もが陥るふさいだ精神状態を防ぐもっとも確実な保険みたいなものだ。心身が十分に旺盛な人には、旅行やゴルフのような受身の楽しみでは刺激として物足りない。心理的に有効な代償作用として、社会的に意味のある、心理的に健康な道楽は自尊心と安定というゆたかな配当金がもらえる。ふつうの大人達は、実用的な生活だけに明け暮れている。長続きする幸福な人生を築きたいと思う人は、やりたいと思う、社会的に意味のある、心理的に健康な道楽を兎に角やってみることだ。

あらゆる良き代償作用とは、社会的に有用であること。社会的な責任をとること。人類とよくつながっていること、社会的な勇気をもっていること、自信と社会の信頼と、そして安定とにつながっていることである。

人間の不幸のもっとも有力な原因の1つが、思想と思考の誤った使い方に根ざしている。形而上学などに時間を浪費しなくとも、あらゆる時代のあらゆる思想家が本気に取り組んで考えなければならない身の周りの問題は沢山ある。思想の実際的な使い方とは、「こういうことがわかったら、この地球上の人間の社会生活がいくらか楽になるだろうか」「こういう着眼がほんとうか間違いかはっきりしてくることが、自分の隣人たちにとってどんな影響をあたえるだろう?」と考えるのが、思想の実際的な使い方だ。本当の人生の目標の代わりに、人生のテクニックや工夫や道具を、人生の目標まで高めてしまうということは、劣等感の誤った代償作用に陥り易い。

ここをクリックすると目録に戻ります