定年後の読書ノートより
現代中国文化探検―4つの都市の物語−藤井省三、岩波新書
北京、上海、香港、台北、今は過ぎし自分の青春にとっても強烈な思い出を残す4つの都市の歴史と現代を鮮やかに描き出している新刊新書。著者は1952年生まれ、東大文学部教授、近現代中国文学専攻。芥川竜之介は1921年中国を旅して壮麗なる北京に魅了された。その芥川の強い勧めで横光利一が1928年上海を探索して長編小説「上海」をものにした。佐藤春夫の台湾旅行も見落とせない。夏目漱石の香港も味わい深いものがある。

北京。1918年魯迅は狂人日記を書き、胡適は人形の家を翻訳し、周作人は「人間の文学」をそれぞれ口語文で書いている。1922年盲詩人エロシェンコは、「解放の予言者」として大歓迎を受け北京大学でエスペラントを教えたが、ロシアにおけるボルシェビキの専制を批判、知識階級粛清を告発、この為期待されていた左翼学生の支持を失い、寂寞として孤独の北京を詩に書く。1995年日本人女性作家茅野は「自分達と同じ時間を違う風に生きている人達」として中国を捉え、現代セックスの放蕩の中から、潤んだ目で北京を見る。

上海。高杉晋作が官船千歳丸から観たアヘン窟上海。1921年上海で歴史的な中国共産党成立、アンドレーマルローの「人間の条件」。1940年代、崩壊感覚に裏打ちされた刹那主義、上海文壇の彗星、張愛玲「戦場の恋」「封鎖」。1985年紅衛兵世代の青年作家達の「ルーツ探求文学」。「古井戸」の鄭義。

香港。今日の香港はもはや文化砂漠にあらず。李碧華の小説「咽脂釦」。香港路面電車。 「香港は駅と呼ばれてきた。人々はここを行き来し、この街と浮気をしたり情事を経験したりするかも知れないが、けっして恋愛はしない」。しかし、移民の街香港は、転換した。 香港アイデンチティの形成。喪失の心情に訴えるテレサ・テン。

台北。都市排水で汚濁する淡水河。60万都市計画を進めていた日本統治。識字率10%を95%まで上げた日本語運動。1947年2.28事件反国民党蜂起、圧政に攻し不屈の台湾人民主化運動、1987年戒厳令解除、1996年国家元首直接選挙。「夫殺し」から「迷いの園」に見る政治とセックスの問題を果敢に取り上げる李昂。現代台湾を代表する作家。エドワード・ヤン監督の映画「カップルズ」。欲望、不正、不信、幻滅。現代都市台北の基礎は1895年の日本統治に始まり、島都台北の建設は中国伝統城郭都市の破壊を意味し、1970年代以後、再び大規模な再開発が進み、今では東南アジアでも有数なモダン都市。しかし、台北市民は心の奥底に土俗的心性を抱え生きている。

本書は北京・上海・香港・台北という中国語圏の4つの中核都市を通じて、現代中国文化の現在とその歴史を考えようとするもの。中国とは全ヨーロッパがすっぽり入るような巨大な空間であり、4つの都市の物語をたどることにより、中国に関する複眼的視点を持つことが出来るだろうと著者はいう。

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