定年後の読書ノートより
哲学のすすめ、鯵坂 真著、学習の友社
著者は過日大阪府知事選で善戦した著名な進歩的哲学者。これまでに幾つかの哲学書も書いておられ、所謂正統派マルクス主義哲学者のお一人。ところが、この小冊子に氏の哲学観を求めようと思って手にする多くの人がこの本には失望する。何故だろう。自分も何故人々が失望するかを知りたくて読んでみた。

矢張りこの本には本当に失望した。何故だろう。抽象的、直観的に言うならば、哲学に対する著者の情熱が伝わってこない。哲学とは何か、この本を手にした多くの人々、恐らくは幾つかの苦労を重ね、社会のどうすることも出来ない矛盾の前に苦しみ、悩み、人生の導きの師を求めてこの本を開くであろう読者を、著者はしっかりと把握してこの小冊子を書いてみえるのか、いささか疑わしい。

そしてまた、そうした読者層を意識して書いておられるとしたら、著者はあまりにも読者をご存知ない。彼らの複雑な心のひだをきちんと掴んではおられない。そればかりか、そうした読者が哲学とどう関わっていくべきかという根本問題に関して、著者自身しっかり考え抜いておられるのか、はなはだ疑わしい。心の微妙なひだなんかにもし関心がないとしたら哲学とはそんなに人間から遠いものですかとお尋ねしたくなる。

この本のどこが間違っているとか、理解出来ないという問題ではなく、氏の哲学に対する情熱の貧しさが、読むものに失望感さえ与える。例えば自分は学生時代ジョルジュ・ポリツェの「哲学入門」を読んだあのとき、生涯忘れられない感動を持つことが出来た。著者がフランス人民戦線でファッシストの銃弾に倒れたという逸話はいつまでも記憶に残った。同じく、柳田謙十郎氏の「日本の良心は如何にあるべきか」という小冊子もそうだった。年老いた柳田先生が西田観念論から唯物論に脱皮していく昂奮を覚えた。

しかし、鯵坂さんのこの1冊を読んで、マルクス主義哲学も今やすっかり疲労しきっているなと、なにか寒々とした印象を受ける。これは著者自身の学問上と言うより、哲学そのものへ対する情熱の冷却なのかもしれない。

読者は文字の裏にある著者自身の情熱に極めて敏感なものである。

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