定年後の読書ノートより
読者投稿30編−伴侶の死−選・平岩弓枝、文芸春秋4月号
昨年5月、偶然の機会から妻に乳がんを発見、2人は手術までの1週間、これで幸せな毎日が終わるかも知れない恐怖と哀しみの時間を一緒に過ごした。その心情は、友人への手紙に在るごとく、「いつも側に居てくる人が逝ってしまう。きっとほどなくして自分もこの世から去るだろう。しかしその時は1人で旅立つと思うと淋しい」と書いた。そして直ぐ江藤淳の死を知り、「妻と私」も読み、鳴咽した。

しかし、「妻と私」をこの読書ノートに載せる力はなかった。自分は死を選んだ江藤淳の歩いた道は唯ひとつの選択できる道だと思っていたからだ。

江藤の死は社会に大きな反響を生んだ。今「伴侶の死」を、せつせつと書き続ける人達が増えている。特徴的なのは、決して人前で涙を見せなかった男たちが、妻亡き後、1人机に向かい、妻を偲び、泣きながら、妻の思い出を書き残している。「男は泣くな」こうしたタブーは破られて行く。

書くことによって、自分は妻と語り合え、妻を胸に抱きしめることが出来ると男たちは言う。「定年を迎え、ホットしたのもつかの間、妻は急ぐかのように逝ってしまった。」男たちは泣きながら1人ペンを執る。

今月号の文芸春秋には、そうした気持ちを書き綴った、30編に対し、平岩弓枝が1編づつ、適切な読後感を寄せ、心から残された伴侶に、励ましの言葉を贈っている。

しかし、江藤淳に始まり、これらすべての作品の中には、愛する人への哀しみの心は描かれていても、子供達を抱え、貧困との壮絶な闘いの苦しさを描いた作品はひとつもない。

しかし、母の場合は違っていた。生後15日目の赤子を含み、5人の幼な子を抱え、父の残した僅かな貯金を頼りに、戦後の混乱期、女手ひとつで、髪を振り乱し、貧困と闘わなければならなかったあの記憶は誰が癒してあげれるのか。

リヤカーでひかれ行く父の出棺を、生後15日目の弟を抱き、泣きながら門の前で立っていた母の姿。母がどんなに父の死を哀しんでいたか、今は亡き、父母を忍び、、「一家の主人、どんなことがあっても、60までは死ぬなよ」と私の叫びを心の中で繰り返す。

日本は豊かになり、もう母の如き、貧困と闘う若き未亡人は居なくなったのかも知れない。しかし、母の残した、世の中の本当の苦しさは何処にあるかという、厳しい教え、これを身に染みて育ってきた自分にとって、伴侶の死を、切々と書き残すことで心癒されている豊かな人々に対し、本当の哀しみ、本当の苦しさに耐え抜いた母の心は誰が癒してあげれるのか、そんな気持ちで一杯だ。

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