定年後の読書ノートより
朝鮮―民族・歴史・文化―金達寿、岩波新書
韓国の歴史に通じている日本人は意外に少ない。いつも実感しているが、文学者の書いた歴史物は焦点がはっきりしていて読み易い。金氏は日大芸術学部を卒業後、京城で記者を勤め、戦後は進歩的在日韓国人として活動、晩年は司馬遼太郎氏とも親しい間柄であった。

この本の最初は天皇は韓国人であるとの書き出しで始まる。4世紀大和朝廷を打立てた天皇は任那から渡ってきた大陸北方系騎馬民族であり、その後大和朝廷と百済王家は長く親縁関係を維持し韓国からの帰化人は大和朝廷で優遇重用されたと。小生のスケッチ、慶州の都はウリナラ、奈良の姉妹都であるとの実感と結びつく。このあと金氏持論の姓氏本貫の起源が語られるが、どうも神話との区分がつかない。

韓国の歴史は、常に中国との長い歴史的関連で理解したい。そうした意味で、統一新羅と唐、高麗と宗、李氏朝鮮と明、清は対で記憶すべき歴史的重要関連項目である。

高句麗、百済、新羅三国が統一される歴史は金氏が慶尚南道=新羅出身であるという事情からか、新羅貴族の「食邑」、「花郎」等極めて華々しい記述で進む。自分には唐と裏で手を結び、高句麗、百済をはさみ打ちし、扶余で断末魔を迎えた百済の哀歓と怨念が胸に重くのしかかる。百済びいきの日本人根性かもしれない。

性格破産者松岳を倒し、918年王権によって樹立された高麗は土地制度、行政制度、軍事制度において古代的中央集権王朝であった。蒙古再襲来をおそれ、貴族は江華島に逃げ、人民には徹底抗戦を命じた高麗王朝末期の姿は第2次大戦末期の日本の軍参謀を想起させる。1392年李成柱によって確立された李氏朝鮮は儒教・朱子学を重んじ家父長的名分主義、尚古的事大主義、形式主義を第1とした。明を宗主国とし、李朝4代世宗時代には文化も開花し国力も充実した。

明の野人、日本の倭寇におびやかされ続けたが、1592年中国侵略の先導を押し付けてきた豊臣秀吉は、15万の軍隊をもって京城を占領、しかし名将李舜臣の水軍により苦しめられる。1596年、日軍14万は再度襲いかかるが朝鮮・明軍の前に敗走。しかし、1636年明を倒した清は使節を朝鮮におくったが、明へ事大の礼をとった李朝は使節の引見を拒否、怒った清は10万の大軍で朝鮮を襲う。こうして「壬辰の倭乱」と「丁卯・丙子の胡乱」で国はすっかり荒廃。こうした李朝をまがりなりにも近代化させたのは、「実事求是」の実学思想の台頭であった。

ここから先、近代朝鮮の苦しい歴史が始まる。実はこの本では、金氏の情熱が先に走り過ぎて、日本帝国主義憎しの感情論と、朝鮮古来のパルチザン精神を受け継ぐのは金日成だけであり、現在の朝鮮を救済できるのは社会主義をめざす、朝鮮人民民主主義共和国であるという考え方に力が入り過ぎ、この読書ノートに、金氏の「朝鮮」をメモし続ける気持ちがどうもおこらないので、読書ノートはここで終了したい。いずれ別の書物によって近代朝鮮の歴史を学びたい。

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