定年後の読書ノートより
現代日本の生活不安、江口栄一、雑誌「経済」6月号、新日本出版社
江口先生は長い間、下層庶民のイキザマを観察をされてこられたとのこと。この論文は1972年東京都中野区住民調査したら、26%の人が公的な最低生活水準を示す生活保護基準より低位にあることを発見されたとのこと。しかし「貧困はもうマイナーな問題だ」と人々は、江口先生の発見に耳を傾けようとしない。江口先生は今も下層社会が変れば、社会全体が替わると唱え、下層社会にもっと目をむけろと主張される。先生は「貧困」から、「人間」の研究が進み、「人間」から「貧困層」の研究が進み、「生活から階級へ」「社会変革」へ進むと結ばれる。しかし何故かこの巻頭論文は自分にはしっくりこない。

社会は17歳少年たちの犯罪に驚異している。そこには人間の尊厳、他人を思う類的存在としての人間存在の基本が崩壊している。しかし、これらの深刻な社会問題が「貧困」から発生したとは思えない。むしろ我々は、資本主義という激烈な競争原理が総てを支配する現代に生きて、生活は確かに豊かになったが、人間として他人を思いやる心にすっかり欠けてしまっていることに気づく。「こころ」の貧困がすっかり「こころ」を荒廃させてしまっていることに気づく。

車中、携帯電話で友人を誘うガンクロ高校生に、貧しさの影はない。しかし「こころ」の豊かさも見えない。動物的な性の氾濫を予感させるミニスカートに挑発されながら、彼女達からは、他人を思いやる「豊かさ」は感じられない。こうした中で、京大経済の学生生活を放棄し、NGOに徹し、環境問題に生涯をかけていこうとする伊東君の長男の生き方にはすごいと圧倒されるが、今の若者の哲学のどこからそうした思想が生まれて来るのか、自分には見えて来ない。

一方、相変わらず、貧困こそが最大問題と主張なさる江口先生は、かっては導きの師として教えを求めたが、正直に言って、今は、江口先生、問題点の把握は少しずれていませんかと、疑問を投げかけたくなる。「貧困」より「こころ」の問題が深刻なのです。

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