定年後の読書ノート
石垣綾子の快適老年学2冊、石垣綾子著、海竜社、

−いくつになっても人生は愉しい(80歳)ーはつらつ人生の秘訣(85歳)―

与謝野晶子氏もそうだったが、良心的知識人として生涯に大きな作品を書き上げられた作家が、こうして晩年を豊かに語られるのは読んでいて何とも気持ちが良いものだ。世にあふれる老人問題コンサルタントがどれほど巧妙な言葉を並べても、「では貴方は何を為しとげましたか」という一言によって、口先だけの快老術は光彩を失う。

石垣綾子氏は1903年生まれ、自由学園卒、23歳で渡米、前衛画家石垣英太郎氏と結婚、戦中在米にあって一貫して反戦運動に徹す。ニューヨーク生活及びアグネス・スメドレーとの交友は「回想のスメドレー」として有名。石垣さん、如何に年齢を重ねるか、その語られるところは素晴らしい。

平均寿命82歳の今日、中年とは第2の人生。打ち込めば打ち込むほど楽しみは増えてくる人生。自分の頭で、手で、足で身近なことろからやり始めなさい。まず実行。とにかく外へ出てご覧なさい。小さな知恵が沢山得られます。日々の生活の中に生きる喜びを発見し、その味を噛み締め、明日への糧とする人生こそ幸せです。社会とささやかでも接点を持ち、そこに貢献しているという事実は、まさに生きている証しです。

旅の素晴らしさは好奇心。萎みかけていた感受性の回復。枯れかけていた精神の泉に次々と刺激を与えてくれる、それが旅です。若いころには出来なかった、ゆとりある心の旅が、歳を重ねる毎に出来るようになります。

夫を亡くした深い悲しみから這い上がらせてくれたもの、それは仕事でした。幾歳になっても、新鮮な恋がいつでも出来るような、みずみずしい感性を持つ事が大切。 心の触れ合いを大切にして、様々な人と接し、人から得られるものの大きさを吸収し続けて生きたい。

最近旅に出るときは、スケッチブックを手放しません。高見順先生は、片時もスケッチブックを離すことなく、わずかな時間を見つけては鉛筆を走らせていました。気軽にスケッチが出来たら、どんなに楽しく、素晴らしいかしら。絵は活力を与えてくれますし、対象を見詰める心の目を養ってくれます。ものを見る目が大切です。

アメリカの女流画家グランマ・モーゼスが絵を書き始めたのは80歳でした。そして101歳で亡くなるまで描きました。私はいつか「回想のスメドレー」を映画にしたい。けっして平坦とは言えない85年の人生を支えたものは何であったか。それは一言でいえば「行動する人生」「風に向かって進む人生」ということでしょうか。行動することによって、人は必ず、何かを得る事ができます。

サムエル・ウルマンの詩「青春」をマッカーサーが引用したのは、75歳の演説でした。彼は意識的にこの詩を書き替えています。日本の人々はマッカーサーについて間違った評価をしていますが、今は触れたくありません。

健康が許すなら、経済が許すなら、自立した生活、身内に寄りかからない生活を、出来るだけ長く続けたいものです。

年老いてからの自殺は、一人暮らしの方ではありません。残こされている貴方の時間は、自分自身のために使って良いのではありませんか。「私にとってはこれが良い」という、自分の選択、自分の価値観を貫きたいものです。

老年期の暮らしにはとりわけ、笑い、ユーモアが大切です。笑いという行為ほど、人と人の間を暖かくつなぐものはないのです。私がホット出来るのはオシャレをするとき。おしゃれは気分を引き立てます。人間何より身なりに構わなくなったらおしまい。人に不快感を与えるだけでなく、自分の気持ちが沈みます。

公憤はボケ防止になります。老いてもハツラツという人は、新聞大好き人間が多いのです。世界の動き、社会の仕組みに対する怒りは「敵」が個人では有りません。私憤のジメジメが有りません。私が一番関心を持ってじっくり読むのは政治、それも国際的な視点から。皆が中流意識で政治に疑問を持たず、ぬくぬくと暮らしていては駄目、怒りを忘れずに、政治に目を光らせましよう。

どんなに仲の良い夫婦でも、2人一緒にあちらの世界に旅立つわけにはいきません。涙をたくさん流したあとの自分は、苦しんでいる人、元気をなくしている人の傍らに立てるようになりました。孤独に強くなった自分は、一人で生きる自信を得ました。

妻に先立たれた夫が元気を取り戻すには、日常生活のささいなことをおろそかにしない努力が必要です。男性も生活の技を身に付けなさい。今日から台所に立ちなさい、掃除機を動かしなさい。暮らしの面白さを発見するでしょう。一人暮らしを支えるものは、生活の自立、経済の自立、積極的な前向きな行動です。

自分の心と向き合ってばかりいては喪失感から救われません。何か夢中になれるものを探しなさい。経済的に負い目があると人間卑屈になります。

最後に、自分はかって宇野さんにお世話になったといういきさつがあるというわけからではないが、宇野さんの好きな詩、サムエル・ウルソンの「青春」の引用で結ぶ。

青春とは人生のある期間ではではなく、心の持ち方を言う。薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな肢体ではなく、たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさる。青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

青春とは怯惰を退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する。ときには20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。年を重ねただけの人では老いない。理想をうしなうとき始めて老いる。

この一文を書き上げました直後、HPで調べましたところ、石垣綾子先生は昨年亡くなられたことを知りました。ここに深くご冥福をお祈り申し上げます。

ここをクリックすると読書目次に戻ります