定年後の読書ノート
桜満開、大和飛鳥を歩く、西川尚武、2000年4月13・14日
車中で伊東氏(元奈良国立文化財研究所埋没文化財センター資料室長)と

「どうして5〜6世紀、日本の中心大和で急激な文化が華開いたの?」「帰化人よ」「どうして此処で?」「似てるじゃない、韓国の古都と」「うん、似てるな慶州と。しかし扶余もこんな感じ?」「あそこはちょっと違うかな」

飛鳥資料館岩本氏(奈良国立文化財研究所学芸室長)と

「この小冊子どうぞ」「これはすごい。すごく読みでが有りそう」「此処ももうじき法人化ですよ」「節約してるの」「亀石復元、強引に100万円で作りましたよ」

飛鳥資料館展示山田寺跡発掘図面の前で、伊東氏と

「えっ、この砂利石一つ一つが実測再現なの、真ん中の細かい石はどうやって実測するの」「ヘリコプターを飛ばして航空写真、最近は3次元写真をコンピュータ解析、鎌倉の大仏、首が落ちてきそうで3次元測定が実力発揮したよ」

飛鳥資料館前庭酒船石で伊東氏と

「明治は遺跡受難の時代でね。この石も野村財閥京都邸宅の庭に持ち込まれてね」「廃仏毀釈で興福寺五重塔を燃やそうとしたが、周囲の住民が類焼を恐れてやめさせたとか」「この近くの石造物も維新後金持達が勝手に庭石に持ち去ったんだよ」

亀石遺跡発掘現場を眺め、岩本氏、伊東氏と

「万葉ミュージアム道路建設であの崖が崩れてね」「ここは掘れば必ず出てくるからね」「今はね、開発箇所を発掘していくだけで勢一杯」「しかし古代人の切削技術はすごいものだね、あんな細い穴を石の中に真っ直ぐ空けていくんだからね」

吉備姫王墓の猿石を見て、岩本氏、伊東氏と

「そっくりだね、韓国石造のマスクと」「これは日本書紀を読んだ幕末の知識人達があの池の底から掘り出してね」「あの池は宮内庁管理だから、もう掘れないよ」

飛鳥寺跡横を車で走りながら、岩本氏、伊東氏と

「ここの瓦は百済と同じよ、持ってきたんだね、工人が瓦の型まで」「ここの仏頭が興福寺から出てきたんだね」「ここの礎石の彫り込みから見れば、法隆寺なんて飛鳥の田舎寺のひとつに過ぎないね」「藤原京から平城京への引越し規模は想像も出来ないほどスケールのでっかいことだったんだね」「兎に角古代人はすごいよ」

「麦とろ」で昼食を楽しみながら、岩本氏、伊東氏と

「シュリーマンは発掘記録もなく、下へ下へと掘り進んで遺跡破壊でなかったの」「遺跡発見の功績からすれば僅かな場所の破壊はやもう得ないね」「彼の語学力はすごいらしいね」「いや、岩本さんもすごいよ、スエーデン語まで通じているんだ」

(上左写真)友人:伊東大作氏 (上右写真)奈良国立文化財研究所飛鳥資料館

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