定年後の読書ノートより
「権力への道」第3版への序文、カール・カウッキー著、1922年、世界大思想全集14、河出書房(昭和30年)
1909年「権力への道」が出版されてから13年目の1922年、その間レーニンは戦費協賛したドイツ社会民主党中央派カウッキーを背教者として断罪し、以後社会民主主義者=社会ファシストとして歴史の裏切者と侮蔑した。1922年「権力への道」再販に際し、カウッキーは本文原文は一切加筆修正を加えていないが、「第3版への序文」を書き、ロシア革命では民主主義が未熟であり、将来に禍根を残すであろうと再度予言している。20世紀の知識人はカウッキーを背教者として処断したことは本当に正しかったのか。以下序文より転記する。
  • 1909年に私の「権力への道」が出たとき、それはまさに、わが党の革命的分子の間で、挙げて喝采を博した。私はロシアには流用的革命形式がとられるのであるまいかと思っていた。しかし私はそこに近代革命の標準型を見ようなどとは決して思っていなかった。
  • 1909年私は次のように書いている。「ロシアにおける革命は、差し当たり決して社会主義体制を建設しえないであろう。そのためにはこの国の経済的諸事情はあまりにも未熟である。」
  • これを予期していた人々にとって、今日のボルシェビズムの独裁のなかに実現されている諸傾向があらわれてくるのが考慮されていたことは明らかである。彼らは皆当時、私と共に同じ民主主義的信念を持っていたのである。それ以来民主主義を「形式的民主主義」または「ブルジョア民主主義」として侮って屑鉄の中に投げ捨ててしまい、今度は私に対して、昔の信念に欺いたという非難を浴びせるのはおかしい。
  • ごく少数者が、強力な奇襲によて、政府の支配権を顛覆させ、新しい政府をこれに代える事が出来る時代は過ぎた。しかしロシアでは私もこのような独裁は可能だと思っていた。しかしそれは社会主義に行く為の手段としてではない。ロシアはそこまで成熟していない。
  • プロレタリアートは今日ではすでに政治的権力を奪取してこれを社会主義の目的に利用して行くほどになっているとはいえ、差し当たりドイツやイギリスのように工業が高度に発達している国だけである。社会主義に最も重要な条件は、強力なプロレタリアートである。
  • 独裁政治が、ことに軍事的独裁政治が事情如何によっては、多くの民主政治よりも、生産手段または交通手段を早く国有化するということは決して驚くほどの現象ではない。しかし我々はこの国有化の中に近代プロレタリアートが理解している社会主義を認めることは常に拒否してきた。我々はボルシェビズムの国家経済の中にもこの意味で社会主義を決して認めることは出来ない。ボルシェビズムの国家経済は、事業にせがまれサンジカリズム的無政府主義的、巨大な兵営社会主義制度になったのではないか。
  • 民主主義を基礎としてはじめてプロレタリアートは権力を握りうるのであって、社会主義政党で、その新しい軍国主義や新しい官僚主義に基く独裁を、古い王朝独裁に代えることによってではない。

カウッキーの1922年の序文を読んで感じること

粛清の恐怖、大国覇権主義の暴虐の背景に、厳格な一枚岩に象徴される前衛独裁・一国社会主義の優先防衛観念があったのは事実。しかしカウッキーはこうした失政が民主主義発達が遅れた国の最も危惧される問題点であることを執拗に予言していた。

崩壊したソ連の歴史から何を学ぶべきか、我々はもう一度ロシア革命のスタートにおいて、レーニンとカウッキーの論争に謙虚に耳を傾けるべきではないか。

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