定年後の読書ノートより
大和古寺風物誌、亀井勝一郎著、新潮文庫
和辻哲郎著「古寺巡礼」を読み直すつもりで本箱を探していたら、たまたまこの本に手が触れた。感傷的な美文が鼻につくが最後まで読んでみた。次は法隆寺から中宮寺までの参道描写。

私は法隆寺から夢殿、夢殿から中宮寺へかけて巡礼するたびごとに、この斑鳩の里にかって太子の生まれたことを思い、一木一草すら懐かしく、在りし日の面影を慕いつつ佇むのを常とする。春、法隆寺の土塀に沿うて夢殿にまいり、ついで庭つづきともいえる中宮寺を訪れると、その直ぐ後はもう一面の畑地である。法綸寺と法起寺の塔が眼前に見える。陽炎のたちのぼる野辺に坐して、ひばりの空高くさえずるのも聞いたこともあった。かってここに飛鳥びとが様々な生活を営んでいたであろうが、彼らの風貌や言葉や装いはどのようなものであったろうか。

亀井勝一郎氏は戦中日本帝国主義アジア侵略政策を欧米植民地解放の雄と位置づけ、いわゆる「近代の超克」を小林秀雄等と唱えた一人。天皇制賛美の側へ走った転向御用学者。この本にも昭和17年当時、氏が「日本書紀」を題材に、多くの天皇が人民統治に如何に誠実であったか、幾つかの故事を取り上げて天皇崇拝を書き上げた作品が載せられている。氏は戦後も、恥じることなく戦中「以和為貴」十七条憲法冒頭スローガンに心酔し、聖徳太子を書いていたとこの本で詳しく述べている。防空壕にも抱えこんでいた太子礼賛のその文学作品、さぞかし素晴らしい出来栄えであったことでしょう。氏曰く。奈良の仏像は知識、教養の対象ではない。信仰の対象なのだ。後世の人間が仏像をテーマに時代比較をするなど、心を忘れたその態度は信仰を侮辱するものだとお怒りになる。

亀井勝一郎先生曰く。「唯一者への全き帰依を阻むものとして、近代の知性を挙げてもよい。信仰という分別を超えた問題に面すると、僕の知性は猛烈な抵抗を開始するのだ。すべてを割り切ることの不可能はよく知っている。知性の限界を心得ている筈だ。それでいて知的な明快さを限界まで追い、合理的に説明しつくそうという欲求にかられるのである。現代人にとっては、こうした知的動きは称賛さるべきものらしいが、僕にとっては「罪」なのだ。比較癖とともにいつも自分を苦しめるのである。太子を仰ぎ、太子の生涯を究めながら、知性はそこに帰依することを防げ、何かもっといいものが別の所にたくさんあるように絶えず誘う。」

亀井勝一郎先生、どれほどお得意の美文で天皇制の数々を飾ろうが、そこには貴方が心酔する天皇制の日本帝国主義侵略勢力が、人民を朝鮮統治を足がかりに、中国・東南アジア各国の軍事侵略に駆り立てていった歴史があり、貴方はその権力の意志に迎合した過去を反省することなく、古都奈良で古代天皇に没入し、新心境を開拓されたとしても、奈良は貴方の観方で観るべき日本の歴史故郷ではありませんよと教えてあげたい。私にはこうした汚れた過去を持つ人達が必死でしがみつく大和の歴史を、今こそもっと本当の意味で歴史の主人公である人民の目で見つめ直し、自分達の歴史の故郷と言えるようにせねばと思う。

ここをクリックすると読書目次に戻ります