定年後の読書ノートより
J・S・ミルと現代、杉原四郎著、岩波書店
この岩波新書を古本屋で見つけのは嬉しかった。自分は著者の主張に共鳴、感動した際には、思わず本に書き込みを入れるクセがあり、図書館の本ではこれが出来ないので苦しい。勿論鉛筆跡を丹念に消して返却する努力は守っているが。

杉原四郎氏は京大経済、河上肇先生の経済学史講義では、スミス、ミル、マルクスの流れで、資本主義経済学と社会主義経済学の史的発展をまとめておられたそうだ。杉原先生はこうした偉大な思想家を比較検討していくことで、客観的に把握できるとし、スミスとミルを、ミルとマルクスを比較しながら問題点を明確にしていく。明治のはじめ、日本の留学生が思想家ミルを如何に学ぶべきかとの問いに答えて、ミル曰く。「歴史に親しむこと」「歴史的事実の一般的な輪郭をまずつかむこと」と。

ミルとマルクスの比較が、真髄を極めているのは、晩年マルクスは「資本論」を補完する意味で「ゴーダ綱領批判」にて、「労働が真に人間的な活動となり、そのことによって始めて人間の自己疎外が完全に克服される」という考えを明確にしているが、ミルは「経済学原理」を補完する意味で、晩年「社会主義論」で、「競争は、進歩への刺激として、考えられうる最良のものではないかも知れない、しかし、それは現在においては必要な一刺激である」と書いている。ここだと指摘されてみえる。

ミルは、来るべき未来の充たされた社会を想起してこうも述べている。

「資本と人口は停止しても、人間的進歩は決して停止するものではなく、あらゆる精神的文化や道徳的社会的進歩の余地は充分あるどころか、人間の心が立身栄達の術のために奪われることをやめるので、人間的技術の改善の可能性は従来よりずっと大きくなり、一人の富の増大という目的のみに奉仕するということをやめて、労働を短縮するという、その本来の効果を生むようになる。」。

如何にマルクスとミルは人類の未来を明るく捉えていることか。

ミルとマルクスは同時代、ロンドンに住み、共通の友人として「土地労働同盟」のオッジャーがいることから、ミルはマルクスについても何らかの知識を持っていたのではないか、矢張り著名な有名人と赤貧のマルクスとでは立場が違い過ぎてミルはマルクスの存在を全然気が付かなかったのか、今となっては2人の比較研究を進める人々にとって、最も興味在るテーマのひとつである。

マルクスは資本論の中でこう書いている。「J・S・ミルのような人々は、彼らの古い経済学的ドグマと彼らの近代的傾向との矛盾のために責められるべきだとしても、彼らを俗流経済学的弁護論者の仲間と混同することはまったく不当であろう。」

杉原四郎氏はミネルバ書房から、1967年「ミルとマルクス」を、また新評論社から1977年「社会科学の道標」を出しておられる。また古本屋でこまめに探し出したい。

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