定年後の読書ノートより
自己啓発セミナー−「こころの商品化の最前線」―柿田睦男著、新日本新書
自己啓発セミナーは民間セミナーであり宗教ではない。その源流はベトナム帰還兵に“やる気”を起こさせた歴史を持つ。

最近ではライフスペースのシャクティパットミイラ事件が注目を集めているが、統一協会、オウム真理教、ヤマギシ会、等々その隠されたマインドコントロールの世界は今も不気味に我々の身近に息を潜めている。

セミナーは閉ざされた空間で、長時間日頃常識と考えていたものを捨てさせ、独特の論理のなかに身を委ねさせていくことから始まる。自己告白や、集団暗示を繰り返し、次第に受講者はのめり込んでいく。常日頃口に出せない思いのたけを語り、それをじっと聞いてもらう喜び。そうした中で、悩みや苦しみの原因は自分にある、自分が突破しさえすれば、つまり既成概念を転換すればすべて解決するという考えが自然に自分の中から湧き起こり、陶酔した自己催眠の心境に達していく。そこには、いくつかのトリックが使われている。

海に行きたい、<けれど>時間がない。貴方は<けれど>と結ぶから問題が発生するのだ。海に行きたい、そして時間が無い、<そして>とつなぎ合わせれば、<そして>を器に入れれば、ことは解決しますよとの言葉にそうかとうなずく。

講師曰く。「事実は事実として認め、そしてでつなげばよい。人生問題があって当たり前という気持ちができていれば、あなたはパワフルに人生に立ち向えるのです」と。会場にはなるほどという気分が広がる。これはひとつのトリックであることに受講者は気がつかない。

著者は言う。「病院に行きたい」「けれど自分には金がない」。こうした問題に<けれど>も<そして>も、問題解決への姿勢は違わない。講師が選んだ問題がすでにどうでもいい例題であることに受講者は気が付かない。

密室で、自分の内に隠してきた悩みを告白し、それを周囲は優しく聞いてくれる。この感動の中で次第に自分は変って行くような確信を持つ。交互の解放を確認し、それを思わぬ身体表現で演技する。男女がしっかりと抱き合い、昂奮を喜び会う。心は次第に、作り上げられたものになっていくことに受講者は気付かない。自分には、自分が認められたという感動が盛り上ってくる。マインドコントロールには、共通な手法がある

  1. 隔離=家族、友人などから引き離して、教育し、その内容は秘密にさせる。
  2. 雰囲気=初心者には親切、生まれて始めて親身で聞いてくれたような感動。
  3. 反復=同じ教えを徹底的に反復して教える、
  4. 精神管理=自己分析の日記を書かせ、心理を点検、管理する。

会場での会話には、特殊な用語使いが頻繁に挿入され、専門用語の共通化によって一体感とともに、自分にはまだ意味が飲み込めていないという未達成感が、更なる学習を刺激する。ボランティアの装いも、セミナーに対する警戒心を解除し、たじろぎを消去させる。

トリック、すり替え、陶酔、昂奮。しかしこうした心理操作に容易に合一していく若者達の背景には、「マニュアル」世代の「何故?」を省略して即座に正解を求める時代感覚の落とし穴を著者は指摘する。

人生には安易なマニュアルはない。生身の人間同士のつきあいはめんどうだしトラブルも起きる。しかし、そんな生身のつきあいで傷つき傷つけられ、それを乗越え、その何倍もの感動を味わい、共感しあう。そうしてこそ人間は成長する。著者は最後にそう念を押す。

これは1997年しんぶん赤旗に連載された「現代こころ模様」をまとめたものである。


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