定年後の読書ノートより
革新的未来をめざして、宮本顕治、新日本出版社
1973年から1994年までの日本共産党大会「冒頭発言」集。この本を通して読むと、この20年間に日本共産党は現状をどう把握し、活動の目指す方向をどう設定してきたか、良く判る。

先ず衝撃的なソ連社会主義の崩壊を、どう考えているか

1966年、ソ連から日本の運動を誹謗する幾つかの覇権主義が続いた同時期、毛沢東からは日本共産党は武装闘争をやるべきだと言われた。勿論拒否した。資本主義国で、ソ連、中国の干渉で活動力を失ったのは、イギリス、イタリア、インド、オーストリア、ギリシャ、スエーデン、スペイン、フィンランド共産党等数多くあるが、日本共産党は最後まで他国の干渉は絶対に許さなかった。覇権主義と社会主義は両立しない。今後も科学的社会主義の運動は、決して平坦ではない。人民の苦難を解決して、発展を法則的に促進していかねばならない。

第2次世界大戦終幕当時3発しかなかった核兵器は、今日5万発をこえている。人類の科学が作り出した核兵器に対し、その前に拱手傍観しなければならないほど、人類の理性、人類の歴史の到達点は無力なものでしょうか。科学的社会主義は歴史的伝統と理論をもっています。強力に、核兵器の脅威から人類を解放する提案を今後も力強く押し進めて行かねばなりません。

発達した資本主義国の社会変革にいたる道は、その国の文化と思想性で組織されているだけに、遅れた資本主義国での変革よりも長い準備が必要です。

社会民主主義、コミンテルンに関する誤った潮流があります。コミンテルンは国際的に未熟な時期においては組織発展に努め、反ファッショ統一戦線の方向づけをし、日独伊軍国主義の野望を粉砕しました。しかしソ連の覇権主義、大国主義の自覚的批判が不足し、スターリンの絶対化をまねき、その結果各国の自主的発展を著しく阻害しました。この2面性を歴史的にきちんと認識する必要があります。

東欧における社会主義の失敗、これらのくわしい知識がなければ日本の運動に自信が持てないというのは、自主性のない態度と言わなければならない。科学的社会主義が科学になったのは、史的唯物論と剰余価値学説の発見であり、最初から民主主義、民族自決を重視してきました。

ソ連、東欧の事態は理念的にも、学説的にも科学的社会主義から大きくずれていました。

我々は高度に発展した資本主義国の党であり、将来の展望を今もきちんと持っています。高度の資本主義国が社会主義国へ移行する問題はまだ始まっていない。一部の社会主義国が覇権主義的な誤りをおかし、こんなことで社会主義の未来はどうなのかとの不安に対しては、「その国に労働者階級と社会主義、共産主義への志向がある限り、復元力を発揮するに違いない」という積極的展望を持っています。これも無条件な復元力ではなく、労働者階級が存在し、科学的社会主義の理論を探求する党が存在する限りという条件があります。科学的社会主義の見地の基本は人民大衆が歴史を変え、歴史をつくるという事です

抽象的な文明論では駄目です。科学的社会主義、唯物史観の真理性に立つべきです。科学的社会主義の客観的真理こそ問題解決に結びつきます。

人間の認識というものは、客観的事実をリアルに人間の意識に反映させることが出来る。その実在の対象に対する人間の認識の接近は限りないもので、限界はない。従って客観的真理への接近は、人間の認識においては最大級に可能とする。全面的に一挙に対象を把握する事は困難としても、決してどうしても判らないという不可知論とか、真理はない、あれこれいろいろな見方があるのは当たり前だというような、相対論ではない。科学的社会主義は、客観的真理の認識の一致を可能として追求するものであり、日本共産党は、それを理論的基礎としている党です。

ここをクリックすると読書目次に戻ります