定年後の読書ノートより
ロシア市民−体制転換を生きる−中村逸郎著、岩波新書
ロシア社会体制崩壊は想像以上に、人々に恐怖と絶望を与えている。戦争に負けて国土が荒廃したわけでもないのに、どうしてそんなに貧困が深刻化しているのか。ブルジョア民主主義を否定し、プロレタリア民主主義こそ真実の民主主義だと啖呵をきったソ連にして、一体どんな市民感情が広がっているのか、想像しながらこの本を読んだ。

「モスクワ市の人口は1999年1月現在、853万人。その中でまともな生活をおくれない住民は、少なく見積もっても全体の41%に達する。」

「徴兵対象者の36%が中等教育未終了者、14%が職にもつかず、学校にも通っていない。」

「議員達は有権者から選ばれたという意識はない。長い間、議員活動は共産党から推薦されたという名誉欲を満たすだけのものであり、上を向いた活動だけが総てだった。」

「モスクワ大学に合格するためには、モスクワ大学の教師による家庭教師を受けない限り合格はまず出来ない。合格するまでには42万ルーブル、平均サラリーマンの7年分の指導料が必要とされる。一般庶民のモスクワ大学入学は所詮不可能だった。」

「連邦公務員達は自分達の医療体制を築き上げ、その利用を独占し、連邦公務員以外の人々が利用出来ないような制度がつくられている。」

「企業家は利益優先意識ばかりで、社会性に乏しく、政治的な冷笑主義が台頭してきている」

「住民上位10%と下位10%の収入格差は、15倍で、貧富の差は歴然としているが、ソ連では、平等を達成する為非人間的な政治手段が行使された記憶を忘れられない人々にとって、貧富の差には強い抵抗感を持っていない。」

「モスクワ市内には少なく見積もっても3万人のストリート・チルドレンがいる。」

「ソ連時代には、職員に欠員が生じても公募されることはなく、縁故で補充された。人物の知識や能力をはかる試験は存在せず、一般市民が縁故なくして職員になることはとうてい無理な話であった。」

この本を読んで感じたこと。

中国へ何度も仕事で出かけた頃、出来るだけ多くの庶民の声を聞くようにした。その内容は共産党権力に対する怒りであり、権力支配への憎しみだった。本当に社会主義は優れているシステムなのだろうか。幾度も疑問を感じた。社会主義は人間の歴史がもっと進み、物が溢れ、民主主義意識が普及し、必要に応じてとり、能力に応じて働く時代がやってこない限り人類にとって幸せなシステムではなさそうだ、そんな気持ちを抱かせる。資本主義からみた社会主義、今や魅力を亡くしてしまったことは事実だ。まず民主主義を守り、普及させていくことが大切。いまロシアでは民主主義が冷笑されているという。人々に民主主義の大切さが実感されるまでには、時間がかかりそうだ。

ここをクリックすると読書目次に戻ります