定年後の読書ノートより
ロスピエールとフランス革命、J.M.トムソン著、岩波新書
1人の内気な青年弁護士が、フランス革命ジャコバン党中心人物になった時、次々と人々を裁判にすらかけることも無く、死刑宣告をしていった男、ロスピエール。スターリン、毛沢東、ポル・ポト等を引き合いに上げるまでもなく革命権力とは人をこんなにも狂わせるものなのか。この本にはかねて強い関心を寄せていたが、なかなか見つけられなかった。過日古本屋でこの本をやっと見つけ出し一気に読み終えた。

桑原武夫氏のはしがきが良い。「歴史においてもっとも興味があるのは、時代の規制と個人の自由とのからみ合い」「人間は歴史の流れに規制されつつ、一方、この流れの速度を何程か加減し、または何程か変向せしめる力をもつ」「トムソンはロスピエールをモラリストと規定することによって、彼の生涯を通じて思想と行動に一貫性を認め、従来彼の上に不当に浴びせられていた残忍酷薄の汚名から、この精練な士をあらいきよめた」。

トムソンは英国歴史家であり、次の如く書く。「彼(ロスピエール)の経歴が首尾一貫していないことは明らかである。1791年には平和主義者、戦争の反対派でありながら、1793年には征服軍を指揮した。1789年には彼は罪人に死刑を宣告することにしり込みしたが、1793年にはルイ16世を処刑、数百の市民大量虐殺にあずかり、これを指導した。これは彼の性格不安定か、環境の力か」トムソンは、彼の行動を詳しく調査し、そこに平和主義的良心が貫かれ、彼が追い込まれた立場では、とるべき道は外には無かったと書く。そして、恐怖政治の処刑署名は彼が、結局そこに追い込まれたという道筋を忘れてはいけないし、結果としてそうなってしまったのは、自業自得だとも書いている。「しかし、彼はその中でも、施策に抗議し、彼が彼らのテロ政策の廃棄を考えたからこそ、彼らは彼を排除した」と結ぶ。ナポレオンも語っている。「彼が穏和派となり、革命を押しとどめようと欲したら、彼はひっくりかえされた」と。

とすれば、ジャコバン党ロスピエールは極悪非道の人格という把握ではなく、革命の中にあって、個人の意志とは別に、結果として残虐な側面を持たざるを得なかったと考えるべきである。革命は鉄砲から生まれるとは、この事を意味するのかとも思う。

トムソンは続ける。ロスピエールの求めたものは、自由、人権であり、不幸にも彼は早く生まれ過ぎた。彼の自由、人権へのプランは、周囲の偏狭な党派心と政治的権力欲と辻つまが合わなかっただけだ。彼が産業革命以後の世界に生きていたら、ロスピエールの政治的プログラムは、きっと人類にとって、そして彼にとって、輝かしい道を進むことができたかもしれないと。

この本は今はもう、岩波新書絶版のひとつであり、我々は古本屋で探す外、この本を手にすることは出来ない。

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