定年後の読書ノートより
幕末という時代、啓蒙思想、(近代日本思想案内1)、鹿野政直著、岩波文庫
こうしたテーマは、岩波文庫でなければとつくづく思う。

思想とは哲学ほど厳密性、体系性は求められず、人生観、社会観などという次元の不定型性をも含み、意識は思想醗酵の素である。あらゆる作品は思想性を湛え、思想の価値の決め手は、いかに想像力を飛翔させたかである。思想は、歴史を、可能性や構想力の欠落から洗いなおしていく効用を持つ。

幕末、尊皇攘夷と開国左幕は当初目的であったが、後には手段化されて維新へとなだれこむ。人々に欧米への開眼を迫った最大の要因は、彼我の軍事力の圧倒的な差と、それに根ざす危機感であった。軍事力に集中していた関心は、技術、思想、気風、制度など文化力の認識に替わるまで、時間は必要なかった。

忠誠対象の変更は、身分制打破の意識を生み出した。身分制の撤廃が国家の隆盛をもたらすという認識への転換。能力本位の社会への主張は、さまざまなかたちで、個人のなかで、格闘昇華ののち、近代日本思想に結びついていく。「日本」意識は、実体をこえて肥大化していった。

啓蒙思想家達の結社明六社。欧米の制度や学術の紹介、それを規準として日本を変えていこうとする議論。啓蒙思想家たちが、西洋の導入とならんでいそしんだもう一つの分野は気風の改造。奴隷根性の払拭をめざした啓蒙思想家達にとって、個人、個性尊重思想は新鮮な響きであった。

彼らのアジアの意識は専制と曖昧という否定すべきイメージであった。自由民権運動が盛り上ってきたとき、啓蒙思想は終った。

田口卯吉は、人民の幸福をどれだけ達成できたかを、それぞれの時代の政権を評価する際の基準とし、また人心の帰趨如何を歴史の原動力とした。啓蒙期に端を発する翻訳の洪水は、日本人の貪欲な知識欲の発現であり、脱亜入欧でもあった。

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