定年後の読書ノートより
山田寺、飛鳥資料館、奈良国立文化財研究所
山田寺に最初に興味を持ったのは、興福寺仏頭に隠された蘇我氏興亡の歴史から。

当時の大和朝廷権力構造は、蘇我本宗家が古人大兄皇子、蘇我分家勢力が山背大兄皇子、中臣等旧勢力が中大兄皇子に結集し三大勢力激突寸前にあった。645年三韓使節来日を口実とした策略で蘇我入鹿は板蓋宮宮中で中大兄皇子と中臣鎌子によって暗殺、蘇我蝦夷は「天皇記」「国記」に火を付けて自殺、「日本書紀」はかろうじて類焼をまぬがれる。649年蘇我本宗家の石川麻麿は、謀反の嫌疑をかけられ、中大兄皇子の軍勢に囲まれ、山田寺で自害。石川麻麿こそ天智天皇・孝徳天皇の義父であり、持統天皇、元明天皇の祖父でもあったのに。古今共に権力闘争は凄まじい。

山田寺発掘の過程で、東回廊連子窓がそっくり土中からそのままの姿で掘り出されたは1983年。幸運にも地下水が、木材腐敗を1000年近く防いできた。

奈文研では早速、デンマークバイキング船保存展示で採用したPEG(ポリエチレングリコール)含浸方式を採用し、見事に保存・再現・一般展示に成功した。世界最古の木造建築物遺跡が飛鳥資料館で拝見出来る。これがまた興味深い。法隆寺の回廊そっくり。

瓦もそのまま展示されている。百済から朝鮮工人がそのまま伝えたのであろう、単弁八弁蓮華文と重弧文の組み合わせ、飛鳥寺の瓦とも通じてこれがまた興味深い。

そして、飛鳥資料館展示で一番興味を持ったのは、東面回廊実測図、この大きな実測図面の小石一つ一つが、発掘現場実測に基いて作図されていると聞いてびっくり、遺跡発掘測定記録の科学性にあらためて敬意を表す。何時までもこの実測図面をじっと眺めていても厭きは来ない。

山田寺の東回廊建築部材は、奇跡的ともいえる好条件に恵まれて残った貴重な建築史学や考古学の資料であり、古代の息ぶきを現代に伝える希有な文化遺産である。飛鳥資料館ではいまもこの歴史的東回廊遺跡は常設展示されている。

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