最近 観た映画

  アイリス       英国 BBC 映画        BS放映

英国BBC制作 映画「アイリス」を BSで観た。 観終わって今大きな感動の中にある。

 

 すでに人生を終着点まで 歩ききった1組の老人夫婦の終末物語。 夫は元教師、妻は現作家。そして作家は今も幾つかの講演を依頼され、「人生は愛と慈しみこそが大切であり、それは人間の基本であり、人生を正直に生きた人のみに与えられる喜びである」と年老いた彼女は説く。 年老いた妻の講演をいつも最前列で 耳を傾けて聞き一生懸命に拍手するのは 誠実にして偶鈍な夫。しかし 幸福で知的な2人にも 認知症の悲運は容赦なく襲い掛かってきた。老女は次々と言葉を失い、文字を失い、自分を失っていく。そんな年老いていく妻を 一生懸命に護ろうとする夫。しかし 症状は日に日に酷くなる。襲いかかる過酷な状況の中で、夫は一貫して妻を愛し、護りきる為に全力を尽くす。

 

“愛とは何か”“慈しみとは何か”、2人の後ろ姿には 常に人生への毅然たる哲学が見える。思い出される若き2人の出会い、1人の若き女の自由で放蕩な性生活と偶鈍な男の煮え切らない嫉妬。しかし、常に真実を見抜く力を持っていた若き女は、誠実にして 愚鈍なこの男こそ生涯の伴侶とすべきとして選らんだのは、正しかった。それはあたかも水中に泳ぐ2人の男女が互いを求め合う姿に似ている。

 

ここには、日本の老人物語にあるあの暗さ、湿っぽさなど微塵もない。日本の自然主義文学では 暗さや湿っぽさを真正面から描き出す文学こそが真実だとしてきたが 果たして これが真に大衆に求められてきた文学なのだろうか。気品ある英国の男は常にユーモアこそが生活を明るくするひとつの手段であると知っている。知の世界を愛した2人ならばこそ、明るく 淡々とした老人生活が迎えられる。2人の老人の足跡には、背筋をきちんと伸ばして歩いてきた人だけが所有する快活な笑い声が聞こえてくる。日本人とは大きく異なる 英国老人生活の重厚さが見えてくる。

 

人は必ず老いて死ぬ。死は怖いとか、怖くないとか、そんなことは問題ではない。如何に死ぬかだ。老いの死には、もう知性すら消えて淡々とした枯れ姿だけが待っている。しかし、知の世界を真剣に生きた人の最後は美しい。自然に崩れ、自然に目を閉じる、美しい老後の姿がここにある。何故2人はこんなに美しい最後を迎えることが出来るのか。それは、誠実にして偶鈍な夫と、知的な妻の間に、人生を一貫して愛が流れていて、慈しみがあったからだと映画は教えてくれる。

 

題名「アイリス」とは痴呆で人生を終えていった女主人公の名前である。アイリスという名の彼女はあたかも「かきつばた」の如く、可憐で 美しい一輪の花の様な人生でもあった。


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