猿が人間になるについての労働の役割、エンゲルス著、大月文庫

自然が労働に素材を提供し、それを労働が富に変える。直立して歩く習わしは、猿から人間に移行する為の決定的な一歩であった。労働することによって、人間は高い完成度に達した。

ダーウインの成長相関の法則の結果、特定の形態が変化すれば、身体の他の部分の形態の変化も引き起こす。労働の発達は、必然的に、社会の成員を互いに一層密接に結び付ける助けになった。そのお陰で相互扶助や協働を行う場合が頻繁になり、またこの協業が各個人にとって有用であることが、はっきり意識されたからである。言語が労働の中から、また労働と共に発生した。脳髄とともにそれに奉仕する器官の発達、ますます明瞭さをましていく意識、抽象力及び推理力の発達は、労働と言語とに反作用を及ぼし、この両者を絶えず新たに刺激して、さらに発達させていった。

労働は道具の製造とともに始まる。一番古い道具は、狩猟と漁労具である。肉食から、二つの決定的に重要な新しい進歩が生まれた。火の使用と動物の飼い慣らしである。人間は食えるものなら何でも食うことを学んだように、どんな気候の中でも生活することを学んだ。寒い地方には、寒気や湿気を防ぐ為の住宅と衣服を必要とし、、新しい労働活動を作り出し、人間をますます動物から引き離した。

商工業とならんでついに芸術や科学が現れ、種族は民族および国家となった。法や政治が発達し、それに伴って、人間の頭脳の内に人間界の事物が作り出した幻想的映像である宗教も発達した。これらすべての形象は、はじめは頭脳の産物として現れ、人間社会を支配するもののようにみえたのであって、そのまえでは、労働する手のささやかな産物は影がうすくなった。

こうして時が経つににつれて、あの観念論的世界観が生まれてきた。これは、ことに古代世界が没落して以来、人々の頭脳を支配してきたものである。その世界観は今でもひろくおこなわれている。母胎内の人間胎児の発生史が、われわれの祖先の肉体的進化の歴史を短縮して繰り返しているように、人間の子供の精神的発達も、同じ祖先の知的発展を短縮した形でくりかえしている。

人間はみずから変化をもたらすことによって、自然を自分の目的に奉仕させ、自然を支配する。自然は我々に報復する。どの勝利もはじめは我々が予定した成果をもたらしたとしても、2次的、3次的には、全く違った、予想しなかった作用を引き起こし、そのため最初の成果が帳消しになることも少なくはない。

我々は、長い、ときには厳しい経験を通じて、また歴史的材料の収集と研究を通じて、次第に我々の生産活動の間接的な、遠い社会的結果もはっきりと理解出来るようになっており、その結果われわれがこの結果をも支配し規制する可能性が生まれてきた。しかし、この規制を実現する為には、たんなる認識以上のものが必要である。

それには、われわれの従来の生産様式を、それとともにまた今日の社会制度全体を、完全に変革することが必要である。すべてこれまでの生産様式は、労働の当面の最も直接的な効果を達成をしか眼中におかなかった。その将来の、のちになって始めて現れるような、暫時的反復と累積とによって効果を生じるような結果は、まったくなおざりにされてきた。

ブルジョアジーの社会科学、古典経済学は、大体において、生産と交換のための人間の行動が直接に予定している社会的結果だけを取り扱っている。個々の資本家が直接の利潤のために生産し交換しているところでは、まず第一に考慮されているのは、当面の、もっとも直接的な結果でしか有り得ない。今日の生産様式にあっては、当初の、目に見える効果だけが考慮される。しかしこの為の行動から生まれた遠い結果が、全然別の、反対のものであるからといって、自己労働に基礎を置く私的所有がその発展につれて必然的に労働者の無所有に結びつき、すべての富が働かない者の手にますます集積するからといって、不思議がる人間がまだいるのである。

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