定年後の読書ノートより
旅について(人生論ノートより)三木清著、新潮文庫
旅に出ることは日常環境を脱けることであり、平常の習慣的な関係から逃れることである。旅の嬉しさはかように解放される嬉しさである。ことさら解放を求めてする旅でなくても、旅においては誰も何等かの解放された気持ちになるものである。

旅はすべての人に多かれ少なかれ漂白の感情を抱かせるものである。旅が漂白であることを身にしみて感ずるのは、車に乗って動いている時ではなくて、むしろ宿に落着いた時である。旅に出ることは日常の習慣的な、従って安定した関係を脱することであり、そのために生じる不安から漂白の感情が湧いてくるのである。

旅は何となく不安なものである。どのような旅も、遠さを感じさせるものである。旅の面白さは半ばかよううに想像力の作りだすものである。旅は常に遠くて、しかも常にあわただしいものである。それだからそこに漂白の感情が湧いてくる。旅する者は為す者ではなくて見る人である。かように純粋に観想的になることによって、平常既知なもの、自明なものと前提していたものに対して我々は新たに驚異を覚え、或いは好奇心を感じる。

人生は未知なものへの漂白である。人生の行路は遠くて、しかも近い。死は刻々に足元にある。旅は我々に人生を味わさせる。あの遠さの感情も、あの近さの感情も、あの運動の感情も、私はそれらが客観的な遠さや近さや運動に関係するものでないことを述べて来た。

旅において出会うのは常に自己自身である。自然の中を行く旅においても、我々は絶えず自己自身に出会うのである。旅は人生のほかにあるのではなく、むしろ人生そのものだ。好奇心の根底にあるものも定めなき漂白の感情である。人はそのひとそれぞれの旅をする。旅において真に自由な人は人生において真に自由な人である。人生そのものが実に旅なのである。

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