定年後の読書ノートより
哲学の現在、中村雄二郎著、岩波新書
朝日新聞社刊のAERA MOOK「哲学がわかる」号には、哲学入門者必須の三種の神器なるものが紹介されている。それは「哲学史」「哲学概論」「術語集」。そしてこの3目的には、中村雄二郎著の岩波新書「哲学の現在」「術語集」「問題群」の3冊が最適必読書として推薦されている。日頃身近な岩波新書ならと信頼してまず最初に「哲学の現在」を10日間かけて読んだ。

岩波新書を10日間もかけて読んだのは、今回が始めてである。正直にいって、三木清「哲学入門」を読んだ時もそうだったが、読み終えて後なんとも言えない充たされないものを感じている。一つには自分の読解力が貧弱であることと、もう一つは読書方法がまだまだ粗雑過ぎる為かも知れぬ。しかし、読書法に関しては、重要部分に赤線をつけて、再読を繰り返すという従来の精読法に付け加え、各ページ上段余白に、著者の論理を○、△、◇、→等を使って、簡単な動的相関図を描き、イメージ化し、出来るだけ論理をダイナミックに認識出来ないかとトライしてみた。しかし矢張り哲学論理は理解出来なかった。

最終章にきて、著者の歴史観が述べられており、そこでの著者の視点は、明らかに主観的観念論の立場に立ち、対象を動的変化として認識するのではなく、あくまで静的に事体詳細分類していくことを重視し、いわゆる形而上学的視点に著者は立っていることを再確認した。失望と共に、もうこれ以上この著者の残り2冊に付き合って読み進むファイトも無く、目下ギブアップ寸前である。この本で著者が一番力を入れている認識論の箇所を、自分の言葉で短くまとめておきたい。

近代科学は、明晰を真実の基準とした。見ることと見られることの分岐点を明確にし、認識の客体が主体から分離され、物と精神の分裂は大きく、精神と物質とを反対概念で捉えた。精神の働きは思考、物体の本質は空間的な広がりなりとし、二元論は人間精神の主体性と自然科学の数学化を可能とした。観察し認識する主観と、観察され認識される客観の中で、物体そのものとしての身体は客観であり、一方では認識の中心である自分の身体としての主観がある。主体としての身体と対象的身体との2重性の内に自分は生きており、自分の存在は、自己自身と他者との関係性の内に成立っている。

ここで、原文をそのまま引用するとこういう記述になる。

「もちろんこの関係性は抽象的な空間のなかでの関係性ではなくて、私たちをとりまく、意味にみちた世界のなかでの、同じことだが有意味的な場所のなかでの、関係性である。と同時に、関係の全体こそが世界を形づくる。あるいは少なくとも世界と場所を顕現させるのである。したがって、関係性は世界や場所のなかでの関係性というよりは、世界や場所が自己を分節化という観点から見るとき、二つのもっとも重要な結節点となるのが、ヒーローとコロスなのである。」

ここから著者は、行動としてのヒーローと共同体としてのコロスの対比に入っていく。この本が理解出来ないのは、術語でも、論理でもない、著者の主張しようとしている論点が、この調子で自分には全く禅問答になってしまうのだ。

何にしても、これ以上、この本とにらめっこしている時間もない。もっと自分の直感に合致する本を選択し、納得の内に充実した読書の時間を過ごしたいと考えている。

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