定年後の読書ノートより
坊ちゃん、夏目漱石著、漱石全集、岩波書店
面白い。本は面白くなければいかん。女は美人が良い、本は面白いのに限る。江戸っ子の坊ちゃん、松山の田舎中学教師になって赴任した。街には陰険なる文学士の教頭赤シャツ、太鼓持ちの書画の野田、気の小さいうらなり先生、同志意地っ張りの山嵐、そしてコケティシュなマドンナ、烏合の衆寄宿生一同、どいつもこいつも坊ちゃんをなめてかかっている。敢然と怒った我等の坊ちゃん、徹底的に赤シャツや田舎教師を叩きのめし、お清が待つ懐かしの東京に帰ってしまう。これほど、単純で、痛快な話は落語にすらなりゃあしない。

ところで、ここで思い出した。家内と始めてお見合いした日、医者である岳父曰く、「西川君、出世するなよ。出世する奴は、頭を使う。それも、よくない脳味噌の方を使わないと出世は出来ない。良くない方の脳味噌は使っちゃいけない。だから出世すれば結局本人が損をする。後で気がついてももう遅いよ。出世するなよ、西川君」

岳父はもう一つ言った。「西川君、サラリーマン、あんまり難しい本は読むなよ。夏目漱石の坊ちゃん、あれくらいが丁度良い。サラリーマンにはあの本は良いね」。

岳父はもう10年も前に亡くなった。最近になって、岳父は実に人生を鋭く見通していたと感心する。岳父がちらりと教えてくれた人生の真髄、最近になって、少しづつ反芻している。

しかし自分は岳父に比較するとまだまだに青くさい。夏目漱石が世の喝采を浴びて、「我が輩は猫である」やら「坊ちゃん」を書き上げた同じ頃、日本資本主義は、原始的資本蓄積の段階をきしむような音を立てて進んでいた。朝は暗い内から起され、深夜は遅くまで、湿気と騒音の中で、若き娘達は繊維機械の前で必死に働いていた。わずかな食事と味噌汁で身体はやせ細り、皮膚は衰え、しかし主人には、またもや不良品を作ったのかと雪の中に素っ裸で立たされ、肥え桶に突き落とされ、逃げ出せば女工が逃げたと警察と一緒になって追いまくられ、うめき苦しむ貧しき日本の女子労働者達の存在に目を塞ぎ、何が日本近代精神の確立ですかと私は漱石先生にお尋ねしたい。漱石先生こんな小生をじろりと眺めて、なんと叱りつけるだろう。

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