定年後の読書ノートより

ドイツ第3帝国の政治構造、宮田光雄、岩波世界歴史講座28
第1次大戦後、世界はファッシズムの嵐の中にあった。ロシア革命に対して、自国の革命的危機を押え込む道は、遅れた大衆を革新性を装って獲得していくべきであるとするファシズムと独占資本が着実に密着していったナチスドイツ1933年の動きの中にその正体を観る。

1933年当初、ナチズムとは、不安定なワイマール体制に代わる、統一と規律を持つ権威ある官憲国家を積極的に推進する運動として大衆に肯定的に受け取られた。

ヒトラーは大衆が呆然としているわずか半年間に、驚くべき速さでナチス国家を確立した。1933年1月国民革命を標榜して登場したヒトラーは国会を即時解散、2月新聞、言論の自由を制限し、選挙中の国会放火事件を共産党の仕業としてでっち上げ、非常事態の中で国会選挙を強行、3月憲法を空洞化する授権法を成立、、4月ヒムラーのもとゲシュポタ発足、国会とは別の立法権をヒトラーの元に設け、均整化の名のもと地方自治権を全体主義国家に統一、労働組合をつぶし、5月は焚書により左翼思想を徹底弾圧、政治的な敵の隔離を目的とする強制収容所を設立、やがてこの強制収容所が国家的テロ機構としてユダヤ人大量虐殺にまで進むことになる

強制収容者は秘密のベールに包まれていたが、テロのうわさを断片的に流布させ、その恐怖を一層戦慄させるものとして国民に流し、一般的不安を亢進させた。こうした恐怖は、批判的知性を無力感と孤立感に陥れ、匿名による密告制度は、強制的同調性と社会に対する逃避性向を強めた。

SS突撃隊機動力による擬似宗教的熱狂のもとで、ナチは敵、味方の対立図式で左翼思想を徹底弾圧し、人種神話を利用した政治的反ユダヤ主義から、終局的には人種的殲滅政策を第3帝国のイデオロギーとし、人種神話を大衆操作の格好な支配手段とした。

一方、大衆は、大恐慌からの景気回復動向期の中で、大規模な公共投資、失業者数の名目的減少を意図する政策処置により、巧妙な心理操作を受け経済的復活を喜び、しかも国家統制下での階層間心理的平等意識を歓迎、大衆は秩序ある国家への満足と期待感を充足させた。こうした体制下、ナチ政権と独占資本の利害は一致し、急速な接近が進み、ドイツ重工業の見事な復活が可能となった。

第3帝国の巨大なピラミッド建設の陰で、予防拘禁を含む強制収容所は新しい段階に進み、労働手帳発行に象徴される労働力の包括的な統制と編成は再軍備と、戦争準備の国家的動向を予見させるものであった。しかし、英国も、フランスも宥和政策を維持し、必ずやヒトラーの野望は抑えられると甘く捉えていた。

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