定年後の読書ノートより
大英博物館―世界の博物館シリーズ6―講談社
大英博物館を訪問したのは1991年(平成3年)9月26日、トヨタ産業技術記念館企画調査目的の為、竹内重役と共に、社命としてヨーロッパ各国博物館を訪問した。すでにあれからすでに10年が過ぎた。あらためて、大英博物館を学び直す

大英博物館で強く印象に残るのは、古代アッシリアのラマッス(人面獣身遊翼の守護神像)とアッシリアの浮き彫り、古代ギリシャのパルテノン神殿エルギンマーブルとフリーズの浮き彫り、1799年ナポレオン遠征隊によってエジプトで発見されたロゼッタストーン、そして古代エジプトの豪華多彩なミイラである。

チグリス川上流古代アッシリア帝国城塞都市ニムルドの遺跡より、イギリスの考古学者レイヤードはラマックス、黒いオベリスク、ニムルド王宮の城門を発掘した。フランスのボッタ発掘後の再採掘が偉大な発見につながり、レイヤードは1849年「ニネヴェとその遺跡」を出版している。その挿絵のラマックス運搬の様子は興味深い。

何故トルコは1802年パルテノン神殿破風彫刻を切り取り、英国に運び出すことを許可したのか。当時トルコはエジプトからナポレオンを追い出した英国に好意的だったようだ。しかし「日曜はダメよ」のメリナ・メルクーリはエルギンマーブルをギリシャに返せと英国に抗議、大きな国際問題となった。

ロゼッタストーンは後の大英博物館理事当時24歳のウィリアム・R・ハミルトンの功績によってフランスから英国の手に渡る。石碑の古代エジプト神聖文字ヒエログリフと民衆文字デモティックに併記されたギリシャ文字から古代エジプト語を解読、人類は1400年の空白を越えて、古代エジプト語解読に成功した。

マルクスは大英博物館の図書室G―8席で資本論を書いた。資本論を読むと膨大な引用文献が出てきて、その読書量に驚かされる。マルクスは後に資本論第2版を大英博物館に寄贈している。マルクスを豊かな書誌的知識で支援したのが、書記リチャード・ガーネット。マルクスは1850年から1883年の33年間間、朝10時から夜6時閉館まで毎日大英博物館に通い続け資本論を書き上げた。

講談社―世界の博物館シリーズーをこの度古本屋で購入した。これを機会に10年前のヨーロッパ各国博物館訪問を回想しあらためて、このシリーズ豪華本によって世界の博物館をつぶさに再訪問したい。

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