定年後の読書ノートより
漱石と英国―留学体験と創作の間―、専修大学教授 塚本利明著、彩流社、
英国到着3日目に訪問したロンドン塔を題材に、夏目漱石は「倫敦塔」を書いている。塚本氏はロンドン滞在中の漱石を解明して、英国と漱石の関係を明らかにしようとしている。同じテーマで他にも多くの人々が調査結果を出版しているが、その中で河出書房新社より出口保夫氏の「ロンドンの夏目漱石」も大変面白い。しかし出口氏と塚本氏の2冊を比較すると塚本氏の切り込みの方が矢張り鋭い。

英文学者である夏目漱石がシェークスピアの「リチャード2世」に通じていたのは当然だが、何故ジェーン・グレーについて、これほどまでに知識を持っていたのだろうか。塚本氏はエインワースの歴史小説「ロンドン塔」が当時大ヒットしたことを漱石も知っていた為であろうと想像している。しかしどこでこの歴史小説を漱石が読んだのだろうか。

「漱石山房蔵書目録」には1903年版エインワース歴史小説「ロンドン塔」しか入っていないので、これでは1900年訪問時には読んでいたという証拠にはならない。漱石はロンドン塔訪問以前にエインワースを読んでいなかったのではないかと塚本氏はいう。(しかし、漱石が「倫敦塔」を発表したのが、1906年だから、帰国後ストーリを構成したことも充分考えられるのに何故有り得ないと断言出来るのだろうか)。

そこで塚本氏、漱石の東大時代英語教授、ディクソン先生に注目する。ディクソン先生の出題した試験問題には、アスカムのことが取り上げられている。アスカムとジェーン・グレーとは親しい間柄。従って漱石はきっとディクソン先生の講義でジェーン・グレーを学んだに違いないと推定する。どこかこじつけみたいな推定論。

面白いのは、2王子幽閉の場を描いたドラロッシの絵画「エドワードの子供達」について。漱石は2王子の兄、弟を全く取り違えて書いていると塚本氏は証明する。兄と弟を識別出来るのは、「ガータ勲章」のみであり、この絵からガータ勲章を身につけているのは、寝台の上にいる兄であり、弟は書物を開いているのに、漱石はこれを逆に書いていると力説する。

こうした漱石研究を読んでいると、漱石研究なるものも、自分にはあまり魅力のある学問とは思えない。

何故漱石が王室権力闘争史にこれほどまでに興味を持ったのか、何故心象風景を詳細に描きだして、現実と幻想の世界、すなわち神秘的世界を描こうとしたのか。こうしたことは漱石の海外初体験と彼の精神状況と関係があるのか無いのか、こうしたテーマを追求するのが漱石研究かと思ったら、何故漱石はジェーンのことを知っていたのかとか、漱石は絵画の中の兄弟を逆に勘違いしていたとか、そんなことに一生懸命に解明しても、その結果何が判ってくるのですかと尋ねたくなる。

漱石の人間観、社会観、近代観、そうしたものを我々は作品から知りたいのに、半ば偶然的とも言える事柄の解明にどうしてこれほどまでにこだわるのか。文学とはもっと深く、精神的なものと考えてきた自分自身の浅はかさなのだろうか。

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