定年後の読書ノートより
フランス文学とわたし、田邊貞之助、桑原武夫等10名、平凡社
昭和58年、大阪日仏協会が「フランス文学とわたし」と題する特別講演会を開いた。講演の中で、田邊貞之助先生の「フランス文学における腐れ縁について」は非常に印象深かった。あれからすでに30年が過ぎた。この度、その印象に残った田邊先生の講演の最後のしめくくりを引用した。

文学者のなかには夫婦のアンバランスを大袈裟に考えて、「結婚は闘争の連続である」という人もあります。ボーヴァワール女史も唯我独尊信女のひとりです。女史によれば、女は男の排泄物を流し込む溝にしかすぎず、男の愛情というのは、女をごまかす大嘘であるそうです。それもこれも、女が大昔から男の策略で経済的に自立することを妨げられて来たためであると決めております。ですから、女は男の破廉恥な根性を見破り、男に依存した生活を考えずに、経済的自立を目指して男から独立しなければならないとまくしたてます。

もしもフランスにこういう主張に共鳴する者が多くなったら、生産は向上するでしょうが、社会は荒涼たる砂漠になって壊滅してしまうでありましょう。子供が出来ても父なし子になりますので、みんな子供をつくらなくなるでしょう。

女史の主張は決して夫婦の問題を解決させるものではありません。夫婦関係が例え腐れ縁であっても、我々は理性を授けられた存在として、愛情により、いとおしみにより、話し合いによって調和を保ち、家庭を安穏に運営して行くべきではないでしょうか。たといブルジョア的といわれ小市民的といわれようとも、そこに心なごむ夕凪もあり、暖かい小春日和もあって、人にいえない楽しみを味わうことが出来るでしょう。

以上が、田邊貞之助先生の講演最終部分である。実は昨日読み上げた、夏目漱石著「門」読後感に書いた、「狭い廊下にくつろぐ、男と女2人の小庸の暖かさ」について、図らずも田邊先生の言われる小市民的と言われようとも、暖かい小春日和の味わいに、心の安らぎがあるとの文章を思い出し、フランス文学者田邊貞之助先生の深き洞察に敬意を表するものである。

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