定年後の読書ノートより

私の個人主義、夏目漱石著、現代日本文学館、文芸春秋社
大正3年(1941年)学習院同窓会での講演。夏目漱石すでに47歳、同年「こころ」執筆。胃潰瘍4度目の発病。3年後の49歳で胃病で他界。講演の中に氏の文学での苦悩、個人主義、階級対立、個人と国家等の問題についての氏独自の考え方が判り易く説明されている。

私は若き頃より文学とは何かと苦しんできた。しかし留学先で自己本位という言葉を自分のものにしてから、文学に気概が出てきた。もう人の尻馬にのったり、西洋人振らなくてもよいと悟りを拓いた。自分の進むべき道が判った。聴衆の皆様もこれからご自分の道を切り拓らいて下さい。皆達も自分自身で納得出来る道まで進んで下さい。自分の人生の幸福の為にそれが必要です。

学習院は社会的地位の高い人達が通う学校です。上流階級の人は権力と金力を持っています。貴方達は御自分の進む道に権力と金力を使うことが出来ます。貧乏人はそれが出来ません。しかし権力、金力というものは、当然ながら人の心の中までは自由に出来ません。

自己の個性の発展をさせようと願うなら、同時に他人の個性も尊重しなければなりません。自己の権力を使用しようと思うなら、付随して義務も心得なければなりません。自己の金力を示そうと願うなら、それに伴う責任も重んじなければなりません。

金力の濫用は社会の腐敗を呈します。貴方達は人格の立派な人間になっておかなくてはなりません。

英国気質というものは、義務を大切にします。他人の存在を尊敬すると同時に自分の存在を尊敬します。彼等は党派心がなくて、理非がある。これが個人主義です。個人の幸福の基礎となる個人主義は、個人の自由がその内容になっております。国家が危うくなれば個人の自由が狭められるのは当然ですが、他国から侵される憂いがなくなれば、国家的観念は少なくなり、その部分を個人主義が広がっていくのは当然です。国家の平穏な時は、徳義心の高い、個人主義にやはり重きを置くのが当然です。私はこれから人生を送る皆様に、個人主義の大切さを知って頂きたいと思っています。

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