定年後の読書ノートより

現代社会主義を考えるーロシア革命から21世紀へ−渓内 謙 著、岩波新書
出版は1988年、ソ連崩壊の3年前に書かれた現代史分析論。「ソ連は内部崩壊することはありそうもない」と冒頭にひとこと。この一言さえなかったら最高のロシア革命歴史書として光り輝いているだろうに。著者のロシア革命史あと一歩踏み込みが不足していた。

「過去をふりかえると、望遠鏡をのぞくように、現在人類が直面している問題が見えてくる」と著者は書く。社会主義を判断するには、社会主義の経験そのものを見つめることであると氏は書く。

氏はロシア革命の理念が崩壊した遠因は、ソ連が国際主義に決別し、自国中心主義に閉じこもった瞬間から始ったと見ている。ロシア・ナショナリズムが肥大し、国際主義の美名のもとに小国の利益をソ連の国益の前に犠牲にさせた瞬間からソ連崩壊は始ったと見ている。

マルクス主義ほど徹底してナショナリズムを超える国際主義を鼓吹し実践しようとした思想はなかった。しかしこの理念とその後のロシアの歴史の乖離はロシア革命の正当性に決定的な悔恨を残す。

マルクス主義は、ナショナリズムの途方もない衝撃力を予知出来なかった。このことは今もマルクス主義の現実対応知力不足として責められなければならない。

氏はここでベトナムと中国の武力衝突問題を取り上げ、20世紀の現在も続いているこの深刻な問題の基本的な、原理的な理念性を重視する。

ソ連は或る時期からロシア革命の理念であった国際主義から決別し、自国中心主義の殻に閉じこもり、その結果先進諸国の社会主義革命勢力は革命から遠のき、世界同時革命の夢は決定的に遠のいたと氏は分析する。

氏は、スターリンが主張した1 国社会主義の教義、その根底にあるナショナリズムに歴史のメスを入れる。ロシア革命政権が熱烈な希望を託していたヨーロッパ革命は、1920年を境として退潮に転じ、とくに1932年のドイツ革命の挫折を転機として、その可能性は遠のいた。レーニンは革命前、資本主義発展の最高の段階としての帝国主義の不均等的発展の法則性を主張した「帝国主義論」から、社会主義革命が1国で、しかもロシアのような周辺地域、帝国主義世界体系の「弱い環」としての後進資本主義国でまず勝利を収める可能性を説いていた。しかしこれは、先進資本主義を中心とする世界同時革命によって社会主義に移行するとしたマルクス・エンゲルスの立場に対する重大な修正であった。

このマルクス主義の大きな修正に、スターリンを中心とするロシア革命政権がとった自国中心主義こそ、その後のマルクス主義混乱の原点があると氏は解析する。

しかし氏の鋭い解析はここまで。これ以降、氏の歴史解析は次第に精彩を欠いていく。そして最後にひとこと「内部崩壊はありえない」。もし、氏が前半の論理を強く維持し、最後まで一貫させていたら、この書ほど素晴らしいロシア革命史論はなかったであろうに。

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