定年後の読書ノート

プリンス近衛殺人事件、V.A.アルハンゲリスキー著、滝沢一郎訳、新潮社
この本の題名に始めて接した時、これは国際推理小説かと思った。しかし読み終って、もう一度原文題名を確認したら、ロシア語で「Kto ubil prinsta Konoe?」=「誰がプリンス近衛を殺したか」とある。ここで、 ubil と、殊更に、キリル文字でない英文字を使っているところに、この本のフィクション性が確認される。すなわちロシア語でУберу(ウビール)とは「片づける」と訳す。ここでは同じ発音をロシア語ではなく、英文字を使って題名としている。そして本文では近衛文隆(首相近衛文麿氏嫡男)を殺したのは、首相フルシチョフだと断言する。

著者は元イズベスチュア副編集長。政府系機関紙イズベスチュア職員の4人に1人はКГБ秘密警察職員だったと著者はいう。著者自身はソ連崩壊後、ウズベキスタン国会議員、タシケント市長等を経ているところから推測して、旧ソ連権力機構の中で、密かに政治改革を希求した1人でなのであろう。

それにしても、ソ連とはなんて暗い国であったのか、つくづくと失望の念をあらたにする。近衛文隆(近衛文麿嫡男)抑留中の内部文書暴露過程で、明らかにされていく収容所列島の想像を絶する真実に唖然とする。

{「ソ連は、少なくともレーニン時代には、ジグザクはあったものの、社会主義をめざす方向性は持っていた、しかし、スターリン以後、国際政策で侵略的になっただけでなく、国内的にも完全に抑圧型の社会に変質した。崩壊したソ連は、社会主義に到達しなかったことは勿論、社会主義への過渡期でもなかった。社会主義にむかう軌道から完全に逸脱した抑圧型の社会だった。政権の中枢にある指導部が、管理と運営の全権をにぎっただけの話で、人間が主人公とはまったく逆の社会でだった。しかも、それを、何百万人という規模の囚人労働で支えていた。囚人労働とは、強制労働、奴隷労働であり、それで経済の重要な部分を支えている社会というものが、社会主義なんて言えるはずもない。」}

上記ロシア評は、不破哲三氏の講演の一部。しかしかっては日本共産党の中にも、ソ連を労働者の聖地と信じ、ソ連こそ人類の未来があると終生叫び続けていた人々もいた。歴史は我々に教えてくれる。民主主義のない国に、社会主義など最初から無理だ。民主主義が充分に国民の中に育つまで、我々は社会主義確立など急いでならない。暗黒のソ連や、文化大革命時の中国の如く、民主主義のない世界で、政権の中枢にある指導部が、管理と運営の全権を握った時、権力者はいとも簡単に民主主義を抹殺するという歴史的事実を、我々はこの本を通じて再確認する。

政治は人間が主人公であるべきだ。人間の幸福を求めて政治がキチント進められるには、人類は長い歴史を通じて、民主主義こそ、もっとも大切な政治原則だと学んできた。民主主義を踏みにじる政治に、正義などこれっぽっちもありゃしない。

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