定年後の読書ノートより

ラーゲリ歳時記(他1冊)、鬼川太刀雄著、岩波同時代ライブラリー
忍辱のはじめは市中引廻し 汗より涙のながるる多し。(昭和20年8月)

最初それはただの歩行だと思っていた。隊伍が乱れてもソ連監視兵は何も言わなかった。しかし後で我々の一部始終は密かに映画に撮影されていたことに気付いた。しまったと思ったが、もう後のまつりだった。悔しかった。

捕虜の3年間、いろいろな人間に出会った。同じ捕虜仲間として哀しいのは、エゴイストの正体をはっきりと見せつけられたことだ。限界状況においつめられた人間は、敵と味方をまさに動物的感覚で見分けるようになる。エゴイストのイキザマは、同じ捕虜仲間として余りにもいやしい。

自分自身は、自己の良心をまげることなく、生きていくことが精一杯だった。最も良き捕虜の仲間は、沈黙して日々の労働に服し、空腹とあらゆる欠乏に耐え、決してラーゲリの有力な地位につこうなどとはしなかった。(この人間観はサラリーマン生活にも通ずるところあり)。

帰国後、かっての収容所生活を書いた、一部のラーゲリ・ルポは、帰国後の自分の立場を弁護しようとする憎悪や偏見に満ちた自己弁護ものが多く、こうした憎悪感情に基く手記は狭い偏見に満ちていると著者は述懐する。

ラーゲリの中で最も真面目な人間達は学問をした。ロシア語、ドイツ語の習得したり、マルキシズムの文献を読んだり、大部分は穏やかに「慣れ」「忍び」「待つ」た。こうした平均的囚人達にこそ、自分は帰国後も生涯の友として心を許している。

エゴイストと呼ばれる思い出すのも嫌な男達に著者は一句詠んでいる。

おろそかに笑ひて済ますことならず卑屈に生きし血は継がるべし

お前さんはそれでいいだろうが、そのみっともない態度は、子孫に遺伝するぜと、怒りをこめて著者は鋭くエゴイスト等を見つめている。

ラーゲリにあって、最も著者に印象深く残ったのは、自己の安住と権力者への立ち回りを常に考えていた、いやらしいエゴイスト達であった。

タシケントの河、村井嶺二著、作家社発行

タシケントにも、日本人捕虜収容所があった。彼等が建設したナボイオペラハウスは、タシケント大地震でも崩壊しなかった。建物の横には、今も日本人偉業を称える碑が残っている。彼等捕虜がどんな生活をしていたか、是非知りたいと思っていたが、ある日古本屋でこの本を見つけた。

著者は、タシケント捕虜収容所に長く働き、その生活を細かく記録している。帰国後市公務員をつとめ定年後収容所生活を書いた。内輪話として興味あるページも幾つかあるが、しかし、あの限界状況の中で氏はいかに考え苦しみ、自己の精神状態を維持したのか、その精神状況が書かれていない俘虜記は、自分にはあまり面白いものではなかった。

人間にとって大切なのは、如何にその苦しさの中で生き抜いたか、そのイキザマである。それが書かれていない手記や自分史など興味はない

ここをクリックすれば、読書ノートの目録に戻れます。