定年後の読書ノートより
漱石先生の手紙、出久根 達郎 著、NHK出版協会
裏表紙にある出久根達郎氏の略歴。昭和19年茨城県生まれ。中学を卒業、集団就職で上京、古書店店員となる。昭和48年独立。古書店「芳雅堂」を開業。今日に至る。平成4年「本のお口よごしですが」で第8回講談社エッセイ賞を、平成5年「佃島ふたり書房」で第108回直木賞を受賞。

昨年春、NHK人間講座では、毎週着物姿で登場、二十数名の受講生を前に、とつとつと語る夏目漱石書簡紹介は、出久根氏の夏目漱石に対するひたむきな敬愛の念が、TVを見ている我々にも伝わってくる、大変気持ちの良い3ヶ月番組だった。

夏目漱石は出久根氏にとって、人生の師である。小学4年、村の巡回移動図書館で始めて手にした漱石全集が、そもそもの出会いだった。氏が漱石にひかれたのは、漱石の優しさだったという。今も思いに屈した時は、いつも漱石全集を開いて、偉大な人生の教師の声に耳を傾けるとのこと。漱石は私にとって「話のわかるおじさん」であると書いておられる。

番組の中でも何度も出てきたが、漱石の手紙は、どの手紙にも、誠実感がいつもあふれている。これは英国留学時代の苦しい思い出がきっかけになっているという。親友正岡子規の病状を充分判っている漱石に、子規は最後の手紙を送る。カリエスの激痛に泣き叫びながら書いた手紙。

「僕ハモーダメニナッテシマッタ、毎日訳モナク号泣シテイル次第ダ、(略)……、君ノ手紙ヲ見テ西洋へイッタヤウナ気ニナッテ愉快デタマラヌ。モシ書ケルナラ僕ノ目ノ明イテイル内ニ今一度便リヲヨコシテクレヌカ。僕ハトテモ君ニ再会スルコトハ出来ヌト思フ(略)」。

しかし漱石は渾身の力をふりしぼった子規の手紙に返事を書く前に、子規は息をひきとってしまった。漱石はこの時から、自らの筆無精を悔やみ、手紙には常に、ひとつづつ懇切丁寧に返事を書いたという。

書簡をひとつづつきちんと読んでいくと、作品では見えない幾つかの人間性が見えてくる。

出久根氏が書簡集から発見したその一つに漱石夫婦のやりとり。漱石夫人は思ったことをそのまま口に出す人であったが、けっしてとげとげしい会話のやりとりではなく、包容力豊かな夫人であったことを幾つかの手紙から明らかにしていく。漱石の心情をもっとも良く判っていた人、それは鏡子夫人だと出久根氏はいう。

自分も幾つかの漱石論を読んだが、出久根氏の「漱石先生の手紙」こそ、一番良く漱石を読み込んでいると思う。

ここをクリックすれば、読書ノートの目録に戻れます。