定年後の読書ノートより
倫敦塔(明治38、1、10)、夏目漱石著、漱石全集、岩波書店
明治33年(1900年)夏目漱石は文部省留学生としてロンドンに到着。英国到着3日後地図を頼りに1人ロンドン塔を見学。氏は塔橋からみた倫敦塔に誘われるかの如く、鐘塔をくぐった。英国の歴史は倫敦塔にぎっしり詰まっている。夏目漱石はそう書いている。

漱石はかってこの城に囚人船で運ばれてきた古人達を忍ぶ。新教と旧教の権力抗争で活躍した宗教改革者クランマー・ロンドンを占領しようとした反乱者ワイアット・王にそむき惨殺された万国史のローリ。バラ戦争では、ランカスター家とヨーク家の争いで何と多くの人がこの塔に幽閉されたことか、漱石は悲劇の幽閉を忍ぶ。

叔父の裏切りによって王位を奪われたエドワードとリチャード2兄弟のあどけない少年の姿と、我が子を思うエリザベス王妃の哀しみの牢獄訪問。ホワイトタワー。シェークスピアの作品リチャード2世。ビーフイータの特異な制服、あたかも美術学校の生徒。ここで奇妙な母子に出会う。漱石はこの母子にジェーン・グレーの亡霊を重ねる。

夏目漱石は書く。英国の歴史を読んだ者でジェーン・グレーの名を知らぬ者はあるまいと。ちょっと待ってくれ。自分はかって一生懸命にロンドン塔も見学したことがあるが、ジェーン・グレーというの名前なんて、漱石の作品で始めてお目にかかったばかりです。自分はまだ英国史すら読んだことになりませんね。

自分がロンドン塔を訪問したのは、平成3年9月26日だった。トヨタの博物館企画の為、重役と一緒にヨーロッパの各博物館を随分とあちこち訪問した。ロンドンでは地下鉄をタワーヒル駅で降り、先ずタワーブリッジまで歩き、そこから夏目漱石と同じコースをたどってロンドン塔に入った。勿論当時は漱石のこの作品があることなど全然知らなかった。

しかし正直にいって、マルクスが大英博物館のどの席で資本論を書き上げたか興味はあったが、夏目漱石の如く、これほどロンドン塔の歴史を事前勉強して、ロンドン塔に英国王室史を見ようなどとは思わなかった。陰気くさい城だなという印象だけで、英国国王の権力闘争史について、自分はあまり知りたいとも思わなかった。

この度、夏目漱石の「倫敦塔」に啓発されて、ヨーロッパ史を学び直した。自分の知らなかったゲルマン民族大移動により崩壊した西ローマの宗主権を握ったフランク王国、島国側ブリタニアとフランク王国大陸側ノルマンディー公国が同じ英国所属の領土、英仏王位継承権につながる百年戦争、国内貴族を2分させた薔薇戦争、これらは始めて知った未知の歴史大山脈の断片だ。

歴史を覗くと、そこに大きな政治権力は誰が握ってきたか、そのとうとうとした流れが見えてくる。この流れこそ、マルクスの指摘する歴史必然の流れというものなのだろう。これは見捨てられない。こうして次第に自分の興味は再び文学から歴史へと大きく展開し始めている。

ここをクリックすれば、読書ノートの目録に戻れます。