定年後の読書ノートより
何でも見てやろう、小田 実 著、平凡社
小田氏は骨太作家である。ベトナム戦アメリカ兵の良心的兵役拒否国際逃亡を積極的に組織化し、高く評価された「ベトナムに平和を!市民連合」の積極的リーダの1人として今も鶴見俊輔氏と共に小田実氏の名は忘れ難い。

小田氏は、自分の記憶では、大江健三郎氏「死者の奢り」の翌年、「明後日の日記」で東大新聞五月祭賞受賞、大江健三郎氏に続く東大生作家として当時マスコミに騒がれた人。氏はその後、東大文学部でギリシャ文学を専攻、卒業後はフルブライト給費性としてハーバード大学へ留学、好奇心が人一倍強い氏は、「何でも見てやろう」主義をたてて、ヒッピーまがいにアメリカの上から下まで徹底的に見て回った。

氏曰く。「社会」なんて、趣味、主張、主義、に従って、上品なところを、又はその逆を見て、これが「社会」だと思い込んでいたら大間違い、大阪で育った自分は、何でも見ることが大好きな男さ。行くからには、何でも見ないとソンや。

当時の日本にはまだ新幹線も走っていなかったし、オリンピックもまだだったし、安保闘争によって全学連の名も世界にとどろかせていなかったし、アメリカではジョンソンはおろかケネディさえ、登場していなかった。

小田実氏はとてつもなく大きいものが見たくてたまらない。摩天楼にあこがれ、強い国アメリカに胸とどろかせて出発する。しかしそこには行き詰まったアメリカがあった。なにもかも統一され、画一化され、個性がなく、万年幼児の「ビート」と呼ばれる未熟青年がたむろする国アメリカ。「アメリカの匂い」とは、「画一主義」の代名詞である。アメリカは安泰であり、豊かであり、「成熟の汚らしさ」さえ実感する。袋小路にまで行きついて、出口を探している極限のかたち。努力はすれど、出口はなく、むなしい完成だけが、虚無感を誘い出す。

南部を旅行した氏は、「white」[colored]の待合室に衝撃を受ける。氏は白人室を選択した自らの差別意識に大きな良心的呵責と潜在的優越感を実感し、自己嫌悪に陥る。この気持ち、かって中国で長距離列車に乗った時、ぎゅう詰めの中国人列車と、個室コンパーメントの外国人車両に驚いた自分の経験にも相通ずる。しかしインド・ボンベイでは、グリーン車といえども、ものすごい悪臭で、終始悪寒に苦しんだ自分には、英国エリートが味わったであろう乗り心地とは程遠いものであったが。

小田実氏の「何でも見てやろう」は、当時日本の若者に大ヒットした。多くの青年は未だ見ぬ外国の「社会」に好奇心を寄せた。やがて高度成長経済が始まり、多くの日本人はJALマークのカバンを肩に、海外ツアーにドッと押しかけた。この本はそんなブームに火をつけた記念すべき1冊である。

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