定年後の読書ノートより
一滴の力水―同じ時代を生きてー、水上勉、不破哲三対談集、光文社
出会いは、水上氏からだった。1989年天安門事件帰国2時間後心筋梗塞で急遽入院、すでに心臓の半分以上が壊死していた水上氏、同じ心筋梗塞で倒れながら、その後元気に回復、奥秩父の山を登る不破氏の写真を毎日新聞で見て、「世の中でウソをつかない人を探すとしたら、この人しかない、溺れる者は藁にもすがる気持ち」で、水上氏、早速不破さんに電話をかけた。

1919年生まれの水上氏は81歳、1930年生まれの不破氏は70歳しかし水上氏と不破氏、幾つかの人生の軌跡で接点がある。同じ頃、同じ電車に乗って通ったり、同じ雑誌に投稿したり。そして2人とも、人生の早い時期に吉川英治氏に私淑した。

対談では、随分と文学作品の話題が出る。ところが不破さん、その一つ一つを実に良く読んでいる。だから2人の話題はぴったりと一致する。こんな対談は、文学作品をきちんと読んでいないととても出来やしない。小泉さんがどんなにきばっても、ファオークの話は出来ても、文学の話は出来るものではない。文学には人間がある。政治家は人間を語れない。

かってはすごく女性にもてた水上氏、81歳の現在も、じつに雰囲気のある顔をしておられる。水上氏の料理の腕も寺小僧時代に覚えた玄人はだし。水上氏のお子さんは身体障害者、水上氏の暗い影のある作品と、障害のある娘を背負った人生とが人々の気持ちを惹きつけたが、もう一人、極貧の頃に生まれ、生後すぐに何処かに貰われていった息子こそ窪島誠一郎氏。窪島氏は上田で戦没した美術学校の学生達が学徒動員を前に描きあげていた作品だけを展示する無言館をひらく。不破氏はこの上田の美術館を夫婦で訪れている。

不破さん曰く。「水上さんはすぐ「臆病だ」とか、「私は泣き節だ」とか言うんですが、私は「泣き節」であると同時に、けっこう「訴え節」をやっているとおもうんですけどね。」水上氏「訴え節」があるの?」不破氏「「泣き節」でも、「訴え節」でも共通なのは、社会を、弱者の側から、また底辺から見るということ、それがずっと流れているでしょう。」

最後に不破さん書いている。この度は、ほんとに楽しい対談だった。

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