定年後の読書ノートより
門、夏目漱石著、漱石全集、岩波書店
下級官吏野中宗助は妻御米と共に、崖下の借家にひっそりと暮す。わずかに射し込む太陽に、小庸を楽しむ2人には暗い過去があった。

妻御米は宗助の京大時代の友人安井の人妻であった。2人の男と女は犯してはならない掟を犯した者として、社会から追放され、東京の片隅にひっそりと暮していた。その家に弟小六まで転がりこんできた。弟の学資まで心配できる経済力は宗助にはなかった。

聞く所によれば役所の方はちかじか人員整理もあるという。妻御米は過去3回の不幸な出産に身体はすでにぼろぼろになっていた。密かに訊ねた易者曰く、「奥サン、これはかってあなたが苦しめた人の怨念だ。もう2度と子供は産めないでしょう」と。しかし、この言葉は素直に夫に言うことも出来なかった。じっと一人で苦しんだ。

宗助は知人の家に近く安井が訪ねてくると聞いて苦しむ。鎌倉禅寺の門を叩き、10日間の座禅に入る。しかし苦しむ彼に、座禅からは何も得られなかった。帰宅した宗助に待っていたのは、安井は宗助接近を気づかずに中国に去ったこと、心配した役所のリストラの対象から外れて昇給5円にありつけたこと、そして心配していた小六の学費もやっと見通しがついたことだった。再び廊下に小庸をくつろぐ宗助の姿があった。

小説「それから」では、友人の奥サンを好きになってしまい、奥サンを奪い取る男を描いて話は終っている。小説「門」は、その後の一緒になった男と女に何が待っていたかを描いた小説である。2人の男女は、日陰の生活の中に、過去の罪を背負い、お互い2人だけが、心を許し和える存在として、ひっそり生きていく人生を描いている。

傷ついた男は愛する女をかばい、いつくしみ、ひっそりと暮している。不安だけが、2人の生活の基盤みたいな人生である。貧しい家計の下、弟の学費すら自由に出来ない状況のなか、失業の恐怖に脅え、叔父の遺産収奪にも、強い抗議も出来ず、破れた靴も買い替え自由にならず、医者の治療にすら金の心配をして、ひっそりと日陰に生きる2人。突然現れた安井の再来に脅え、禅寺に心の救いを求める宗助、心の苦しみからどうすれば脱出できるのか、教えて欲しい。しかしこの苦しみは宗教では救われない、そして座禅でも駄目だった。傷ついた2人を救ってくれるものは何か。しかしこの話の終りにやっと見通しがついて訪れたわずかな小庸、人生とは矢張りこんなわずかな心の安らぎだけが、心の平和を保ってくれるのだろうか。

小説「虞美人草」「三四郎」「それから」には明日のやりくりを危惧する貧困階級の話は登場してこなかった。しかしこの小説では、失業の恐怖に脅える小市民の不安がある。小市民とは、運が悪けりゃいつ何時谷底へ転落するかも知れない人達のことである。そんな際どい小市民が主人公であるこの小説において、夏目漱石ははじめて、社会の底辺の不安、哀しみ、苦しみを描いている。この小説は、不安を背景に成立しているだけに、この小説の主題には真剣な気合みたいなものを実感する。そして、小説と最初と最後に出てくる廊下でくつろぎ、わずかな小庸風景が読者には印象的である

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