定年後の読書ノートより
いのちの尊厳と尊厳ある死、柳田 邦男 講演、学士会報#831
柳田邦男氏は命の問題を考えている。がん死、心疾患、脳卒中。ガン患者の6割は痛みや苦しみが現われる。疾痛治療は、如何にモルヒネを投薬するかである。モルヒネを注射や経口飲料として使用すると、すぐに血中濃度が下がり、尿中に放出されてしまう。しかし錠剤にして徐放剤を併用すれば、朝夕2回の服用で患者の苦しみは長時間癒される。しかし、治る見込みのない患者の痛み治療に関して医師達は、長く片隅の問題意識にしてきた。末期患者医療の疾痛問題に最初に取り組んだのがイギリス。ホスピスでは、モルヒネワインを使用、痛みに対処する方法を確立した。こうした実績は世界の緩和ケアを進歩させた。

緩和ケアに関し日本医学界は姑息な対処と長く軽視してきた。本格的に終末医療に取り組んだのは、90年になってからのこと。しかしそれ以前の末期医療は高見順氏闘病日記に見るごとく、末期がん患者の苦しみは実にすさまじいものだった。

近年日本人の死生観や価値観は大きく変ってきている。尊厳ある死の重要性に多くの人達が関心を寄せている。人間の命には、精神的命と生物学的命があり、精神性の部分が満たされば、死も恐れず、死を従容し、死を迎えることができる。戦時中の特攻隊員の死には死の美学があった。「夜と霧」に登場する少女には、地獄のナチ収容所でも命を支えている精神性があった。らい病診療所で長く仕事をされてきた精神科医神谷美智子さんも患者の精神性こそが、生きる力であることを指摘されている。しかし精神性とは、一人一人の生き方の問題であり、日頃の生きる姿勢こそが大切なのだ。

尊厳ある死には、死に行く患者を看取る家族間との信頼が重要であり、ガン告知はそうした意味で、重要な意義を持つ。よりよい死のためには医療はどうあるべきか。末期症状の緩和には様々な工夫が必要である。書「死の瞬間」によれば、死への心理過程には[拒否]「怒り」「取引き」「鬱」「受容」の5段階がある。しかし誰もが死の過程では一貫して希望を抱いている。心のケアは付き添う家族の問題でもある。患者には、必ずしも宗教や哲学などは必要ではない。付き添う方の人生観や率直な倫理観で、患者と向かい合えば、患者は癒される。

「たとえ病気をしても、精神性において平穏であり、豊かであれば、その人は健康である」

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