定年後の読書ノートより

職工事情(全3巻)、犬丸義一校訂、岩波文庫
今まで随分岩波文庫を読んできた。しかし「職工事情」ほど、衝撃を受けた1冊はなかった。勿論自分はエンゲルス「イギリスにおける労働者階級の状態」や細井和気蔵全集「女工哀史」も読んできたし、「機械の中の青春」も持っている。しかし、「職工事情」から受けた衝撃は強烈だ。

ひとつには、この調査書が農商務省商工局より1903年(明治36年)に発行されているということ、この年は夏目漱石がロンドンから帰国した年である。夏目漱石が個人主義を唱え、日本人の近代精神の確立に辿り着いたと考えた同じ頃、日本の資本主義はこんなにも悲惨な状況から、綿糸紡績を発展させ、「富国強兵」「殖産興業」を国是としていった。勿論そんなことは「野麦峠」でしっかりと学んだが、こうして、1枚の新聞記事が示され、知事の報告書が附記され、警察署の調査書が添付され、逃亡女工の供述書が並べられると、そこにはもう絶叫的主張はなく、耳元で「貴方はこの問題をどう考えますか」というささやきだけが執拗に自分自身に問いかけ、自分の顔色も変ってくるのが意識される。

低賃金農村女子労働者の非人間性を胸を締め付けられる思いで読み続けながら、かって自分も中学時代味わったあの環境条件を思い出し、この事実にしっかりと真正面から向き合おうとすれば、我々はどうしてもマルクス主義経済学の体系で武装し、歴史と哲学を我がものにしなければ、本当ではないのだと思った

トルストイも夏目漱石も、シルクロードも司馬遼太郎も結構だろう。しかし、自分はこの日本資本主義発達史における、労働者が背負ってきたこの悲惨な歴史をきちんと体系的に理解し、だから人間はこう生きなければならないのだと言い切れる信念を、自分の生涯の最後の言葉として明確にしておきたいと思った。

自分は中学時代に実感した貧しさからの解放は、単に自分自身が貧乏から抜け出すということではなくて、社会の発展として、人間の苦しみは何故生まれ、どうすれば解決できるのかを、しっかりと掴まない限り、自分の人生の意義は生かされていないと思う。そういう意味では、学習はまだこれからだ

定年後の現在、幸いにして自分にはこのテーマを追求できる時間と余裕がある。しかし自分に遺された時間はもうそんなに長くはないだろう。それだけにしっかりと前を向いて歩かねばならない。

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