定年後の読書ノートより
それから、夏目漱石著、漱石全集、岩波書店
「三四郎」「それから」「門」のテーマは男と女である。「三四郎」では自然の心に素直になれない女美弥子と、素朴な青年三四郎が描かれ、「それから」では社会の掟に抗して、人妻を好きになっていく奥手の青年代助が描かれ、「門」では社会の日陰にひっそり生きる男と女が描かれる。

主人公、代助は学生時代の友人平岡に、密かに好きだった三千代を譲ってしまった。3年が過ぎた。平岡は傷だらけになって東京に戻ってきた。今も親の経済力で生活する代助だが、平岡の妻三千代への思いは燃え続けている。三千代の窮状を救おうと密かに金の工面に努力する代助、しかし代助には親の勧める縁談がある。しかし三千代に再会後、代助は「世間の掟」よりも「人間の自然」こそが大切と決意。当然ながら平岡や父兄からの絶縁に直面する。そんな時三千代の重病を知り、呆然とする代助。ストーリはここで終る。

「三四郎」も「それから」も、所詮ブルジョア青年の話。貧国の苦渋を上方より鳥瞰する夏目漱石の立場には、都会人の煩悶は見えても、我々にはない階級的余裕が鼻につく。勿論抽象的な男女の「愛」や、「社会の掟」だけを論じている夏目漱石作品論にも、いままで文士の限界は見ても、所詮我々には無縁な世界と決め付けてきた。

しかし、この度定年を迎え、これが最後の夏目漱石だと読み直していくに従って、漱石こそじっくりと生活を見つめ、社会を見つめ、人間を見つめ、男と女を見つめていたのだとあらためて発見する。

代助は「心の自然」の大切さを気づかずに平岡に恋人三千代を譲ってしまった。大学卒業後、じっと人間を見つめていくに従って、代助にも「心の自然」こそ大切だと気づいてくる。人妻になった三千代ともう一度やり直したいと決意する。しかし「心の自然」を大切にする人間は、同時に「社会の掟」の厳しさに耐え苦しまねばならない。これが、現実の社会である。男と女、それ以上に、人間として「社会の掟」に抗してどこまで「心の自然」を護れるか。夏目漱石は人間の生き方の基本を、男と女のテーマに絞り見つめていることを、我々はこの作品から学ぶことが出来る。

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