JICCインフォーメーション(2001年―8月号)に掲載した

中央アジア・ウズベキスタン・シルクロード訪問記

JTCC東海支部理事(元東洋紡、前豊田自動織機)

西川 尚武

定年後どんな毎日を過ごそうか、いろいろと考えた。「貴重な時間を自分の思い通りに使うのが一番幸せではないか」。そう思い切って60歳からどこにも出かけることなく年金生活に入った。

しかしJICA海外専門家派遣だけは定年前にインターネット・ホームページを通じて申しこんでおいた。就職にせよ、転職にせよ、現在はインターネットで事足りる。IT社会は素晴らしい。

JICAでは毎年1500名近い技術者を海外に派遣している。技術者派遣に関して、外務省−JICAは、技術士資格を重視している。技術士資格を持つ海外技術者は通常無資格海外技術出張者より、格付けランクを1段と高くし、かつその格差は月6万円近い給与アップとなる。APECを機に、アジアのみならず英米諸外国との間にも技術士資格の横並びにを整合性あるものにしようとする政府は、今後海外技術移転を有効に進める為にもこの際技術士法を改正し、技術士を国際的普遍的資格に格付けし、日本技術士会もこの方向で事業内容を更新した。

海外技術移転に積極的な日本技術士会、しかしその下部組織に相当する日本繊維技術士センター(JTCC)は必ずしも、技術者の海外技術移転に賛同的ではない。JTCCはあくまで日本国内の中小企業を護ろうとしている。その結果、日本技術士会とJTCCには海外技術移転に関してその立場に微妙な違いがある。確かに日本の繊維産業における中小企業を追いつめたのは、日本人技術者による低賃金後進国への繊維工業技術移転の結果であることには間違いない。しかし、かといって日本の中小企業を護る為、海外技術移転に消極的にするのはどうか。この問題は単に技術士会内部の問題ではなく、中国タオル輸入規制問題で目下国内繊維業者保護を訴え、輸入規制を主張するタオル業界と、この政治問題の波及で、思わぬとばっちりを受けている関係各種産業業界との利害対立は、生活産業省のお役人も頭を抱え込せす政治問題となっている。こうした後進国の追い上げは、歴史の必然と言ってしまえばそれまでだが、結果論としてグローバルに評価してどれだけ多くの人が幸せになっていくかということだと思うのだが。

中央アジア・ウスベキスタン国は、1991年ソ連社会主義体制崩壊により、独立国として資本主義国へ仲間入りした人口2千万人の小国。しかし、ソ連時代綿花モノカルチャーに特化された植民地的産業構造に起因して、なかなか資本主義へのテイク・オフがうまく進んでいない。今回のウズベキスタン出張はJICA技術移転支援の一環である。すなわち、ソ連から独立した小国が、目下国の主要産業である綿紡績、絹紡績の分野で世界的に技術・品質分野で大きな立ち後れがあり、その結果、国の経済的低迷に悩んでいるが、この国の発展を支援し、改善していこうというのが、外務省―JICAの目標とするところだ。自分に課せられたテーマは、「この国の繊維産業発展の為、この国の大学教育に日本はどんなお手伝いが出来るか」という国の教育問題に結びつけた大きなテーマだった。

JICAからお声がかかってから出発前の1ケ月間、先ず真剣に取り組んだのはロシア語会話。ウズベキスタンでは英語は殆ど通じない。事実タシケントで接触した大学教授といえども、英語は殆ど読めないし、話せない。大学図書館の蔵書大半を調査したが英語で書かれた学術書は皆無に近い。殆どの書籍はロシア語で書かれている。資本主義国との交信事情も良くない。例えば国際電話に10分間1万円近い通話料金を請求する市中ホテルの仕組みには腹が立つ。是非とも、パソコン通信は、海外出張の強力な武器にしておかねばと実感した。海外にてノートパソコンで日本とメール交信する際に、どんな準備が必要で、現地ではどのようなことが問題点か、一部始終を今回実地体験し、海外メール交換ハウツーを、自分なりに把握することがしたかった。

何にでも興味深々な性格の自分にとって、今回出張の最大目玉はなんといってもロマン漂うシルクロードの歴史舞台であるウズベキスタン、サマルカンドとブハラの歴史遺跡。無限に広がる無人の砂漠で春風に吹かれ、シルクロードの異国情緒を充分に楽しんでみたかった。ご存知の如くウズベキスタンはかってシルクロードの交易中心都市であり、また13世紀ジンギスハーンが20万の大軍をひきいて襲いかかった東洋と西洋の接点に相当する歴史的大遺跡である。

飛行機はアシアナ航空。ソウルから7時間半。天山山脈を眼下におさめ、青空が無限に透きとおるシルクロードのオアシス都市タシケントに着陸したのは平成13年4月初旬。街路樹がいっせいに若葉を吹き、澄み切った青空の向こうには天山山脈の残雪が真っ白に輝き、ウズベキスタンは1年で1番美しく、快適な季節だった。

出張中の朝夕わずかな時間を見つけては急いで描きあげたシルクロードスケッチブックは2冊に及んだ。大砂漠を突き抜けるシルクロードハイウエイでは異色の作曲家、喜多郎の名曲「シルクロード」を常に耳にしていた。タシケントからブハラに至る砂漠1000kmを走るハイウエイから、子供の頃いつも絵本で親しんだ蜃気楼を見た。日陰に佇む3m近い大トカゲも見た。道を横切る泥団子ひとつ、ドライバーは急ブレーキをかけた。良くみると糞転がしが一生懸命に後ろ足を持ち上げて大きな糞団子を転がしている。高速下でも小さな糞団子1ケを見つけるドライバーの視力にも感心した。

にわか仕立てのロシア語会話と言えども、その活用範囲はきわめて広かった。到着翌日には早速スケッチブックを持って、一人で地下鉄を利用し車内乗客に降車駅名を訊ねながら、チャルシーバザール駅まで無事辿り着いた。旧いモスク遺跡をスケッチしていたら、周囲には近所の子供達が一杯集まり、「何処から来た」「日本人か」「スケッチ見せてくれ」「上手いな」「このスケッチ呉れないか」ワイワイガヤガヤ、最後には子供達大勢と手をつないで町中を散歩した。ウズベキスタンの子供達は人懐っこくて可愛い。 アジアの国で一番人懐っこいのはウズベキスタンの子供達だ。

ウズベキスタンの女性は、皆さん本当にお美しい。現役時代、中国を始めアジア各国には何十回となく海外出張したが、アジア超美人国は文句無しにウズベキスタン。アジア人種とヨーロッパ人種の見事な歴史的人種混血によって今や、この国の全女性誰もが映画俳優クラスの超美人ばかり。 素晴らしく均整がとれたヨーロッパ的スタイルと、彫りが深いマスクに、憂いを秘す黒い瞳はアジア的香りが漂う。

どうして、この国の人はこれほどにまでに人種混血が進んだか、その秘密の鍵はマルコポーロの「東方見聞録」を読むと、この疑問が解けてくる。

「この国の男は決して処女と結婚しようとしない。男になれていない女は価値がない、というのだ。そんなところに原因があるのだろうか、旅行者がくると、主人は待ちうけていたように自分の妻や娘を、滞在中一緒にいてやってくれと頼みこむ。主人はどうぞご自由にと言い残して外へ出ていく。旅人は、この家に3晩でも4晩でも泊まって、主人の妻、娘と勝手なふるまいをする。泊まっている間は帽子を扉のところにかけて、客が滞在中だと知らせ、これが出ている間、主人は絶対に家には入れない」とマルコポーロはこんな話を「東方見聞録」で何度も書き残している。

しかし一方ジンギスハーンは、武力的征服に抵抗したブハラ王国やサマルカンド王国の国中の全女性は20万もの占領兵士の無謀な相手をさせられ、ジンギス・ハーンは兵士達に征服者のしるしとして、現地に子供を作るのを義務にさせたという。どちらの歴史物語が、真実の人種混血秘話なのだろうか。

言葉が通じない現地でメールアドレスを取得するのは大変だった。何度もプロバイダー事務所に足を運んだ。幸いプロバイダーで働く、ITエンジニアは英語が達者だったので助かった。そしてまたパソコン変圧器が何度も焼損したのには随分と苦労した。その都度、現地の電気屋に出かけ、つたないロシア語を使って、代替え変圧器を探し求めた。なによりも苦労したのは、ウズベキスタンのホテルは、部屋にパソコンジャックがなく、かつ電話線は根本から完全にシールされており、電話線を利用して、パソコンを接続することは絶対に不可能な構造になっていた。きっとかってのソ連秘密警察暗躍時代には、電話を使った盗聴作戦がこのホテルでも、大いに暗躍していた名残なのだろう。最終的にパソコンの交信は毎回ホテルのビジネスセンターにノートパソコンを持ち込んで、ファックス用電話ジャックにパソコンを接続して交信した。

タシケントでは日本の商社マンに集まって頂き、ウズベキスタンの繊維産業問題点を先ず聞かせて頂いた。商社マンいわく、「西川さん、先ずこの国の国営繊維コンビナートをご覧なさい。紡績工場の規模は資本主義国では想像出来ないほどでかく、かつ紡績から縫製まで一貫しているから驚きます。しかもこれらの工場の設備は今では旧式なソ連製の機械ばかりで今では、その保全部品すら容易にロシアから補給出来なくなっています。こうしたガタガタ機械で生産した紡績製品が資本主義国に輸出出来るわけもなく、しかもかってのお得意様であるロシアからは全然糸の注文は来なくなってしまったので、大変な状況にあるのです。このままでは何十万の繊維労働者は失業者になってしまうでしょう。」と。

早速幾つかの国営工場を訪問した。確かに商社マンの言われた通り、この国の繊維産業は目下深刻な状況にある。生産しているのはどこの国営工場も、政府発注の軍服ばかり。海外からさっぱり注文が来ない国営繊維コンビナートを救う為、ウズベキスタン政府は無理矢理に政府発注の軍服で食いつないでいるようだ。冷戦が終った現在、軍服はもう必要ない。軍服や制服ばかり作ってどうする気なのだろう。 何十万錘の国営紡績工場が行き詰まっている。しかも繊維産業こそ、この国にとって最重要産業なのだ。大切なのは技術と工場更新に必要な設備資金。技術に関しては、この国の最高学府である、タシケント繊維軽工業大学の先生と一緒になってウズベキスタンの紡績工場30社近くを訪問し、各工場それぞれ何が問題なのか、現地現物で一緒になって考えた。

ヨーロッパを始め資本主義諸国の海外投資を求めるウズベキスタン政府は、我々滞在中にもタシケントで繊維国際会議なるものを開催し、資本主義国投資家に繊維産業投資を呼び掛けていた。しかし配布された統計資料はすべてロシア語、これでは資本主義国のお客さん、手も足も出ない。ウズベキスタンにとって、資本主義の仲間入りするには、まず英語教育普及から始めないといけない。

ウズベキスタン国立大学の中では最高水準にあるというタシケント繊維軽工業大学にベースをおいて、全国の紡績工場を巡回した。ある日、大学学生のESSから招待を受けて、英語でウズベキスタンの繊維産業問題を討議する機会があった。席上この30名の学生の中で、TOEIC最高点数は誰かと質問したら、ある学生が「自分が650点」と得意気に手を上げた。650点では英会話能力、高いとは評価出来ない。「君達、もっと英会話を勉強しないといけないよ。僕の息子は丁度君達と同じ日本の工学部の学生だが、例のTOEICは885点採ったと聞いている。君達、ウズベキスタンの学生にとって英会話習得こそ、国の将来を救う重要な武器になるのだよ。650点ではまだまだだ。」と、TOEICをテーマに学生達に英会話学習を進言した。

ウズベキスタンは米国に次いで綿花輸出世界第2位。綿花生産世界第5位。しかし、自国の綿花を自国で紡績していくにはまだまだ相当な時間を必要とするだろう。ウズベキスタンは海外資本の投資を呼び掛けているが、応じているのは韓国の甲乙紡であるカブールテックス等極わずか。しかも韓国甲乙紡のウズベキスタン30万錘の近代工場では、ウズベキスタン人の技術者は最新技術の知識が乏しいからと現場から締め出され、韓国から20名の技術者が駐在し、品質管理一切を韓国方式で実施している。ウズベキスタンの関係者は、しきりに日本の紡績資本の進出を期待しているが、目下のところ、日本の紡績資本でウズベキスタンに進出しようと企画している会社はどこもない。なにしろ、ロシア語しか通じないこの国に日本の紡績資本進出は、東南アジア進出よりはるかに難しい。

ウズベキスタンから帰って早や1月。先日も神田古本屋でシルクロードに関する幾つかの歴史書を買い集めて来た。今から1500年前、日本文化発祥の歴史につながる正倉院御物の幾つかは、シルクロードを通って日本に伝えられた。文明の光りは、シルクロードから差しこんできた。シルクロードの現地旅スケッチを眺めながら、ロマンただようウズベキスタンの歴史遺跡を今も思い出している。

最後に、世の中外務省の公金横領事件に端を発した、政府機関への庶民の疑惑の目はあちこちに及んでいる。「出張でいい思いをしたのだろう」と友人達はひやかす。しかし実状は、JICAから出た給与はかなりの上位ランクに格付けの自分の場合でも1月41万円、しかし、JICA海外業務に従事するには定年退職者の自分の場合、きちんとした関係会社に再就職して、キチントした身分保証が必要であり、そのためには、再就職会社に30%を収める。従って自分の手元には41万円の70%、28.5万円残る。しかし、例え名目上にせよ41万円もの高額給与所得では毎月もらう更生年金は自動的にゼロになる。ここで年金23.5万円とすれば、28.5−23.5=5.0万円だけが手元に残る。すなわち今回の海外出張は、1月5万円のアルバイトであった。しかし今回の海外出張用に、新たにノートパソコンを1台購入したから、この1月5万円のアルバイト料など簡単に吹っ飛んでしまった。さらにパソコンだけに留まらず、出張前購入した各種文献資料や、一連の旅行準備1式などを計算すれば締めて数十万円の赤字だけが残る。こうやって計算すればJICAの海外出張は儲かる出張とは言えない。むしろ赤字覚悟の海外出張となること間違いなし。しかし海外ボランティアの一環と考えれば、矢張りJICAの海外出張はやりがいある大仕事だと思う。

とは言っても、何と言っても年金生活ならばこそ、こんな贅沢な皮算用をやっていられる。すなわち現在の自分の境地とは、労働力を資本家に売らなくても、自分の貴重な時間を資本家に売らなくても、年金生活だけで生きていける。この何とも言えぬ幸せ感、有難いと思う。毎日好きな読書と下手なスケッチに、1日が過ぎていくのも忘れ、幸せな気分で毎日を送れる。今が人生で一番穏やかな時なのかも知れない。

以上