定年後の読書ノートより
戦争と平和、トルストイ・中村白葉訳、第1巻第1編、河出書房新社
家内曰く「突然、文学少女みたいに60過ぎのじいさんが、トルストイなんか読み出して、どうしたの?」

「ホームページ開設時に宣言したんだ。戦争と平和、源氏物語、李白と杜甫を読むのが自分に課した定年後の読書責務とね」。家内はキョトンとした顔をしている。

最近ロシア語を始めて、ロシア人の名前の理解手法が判った。もう次々と出てくる難解な名前の前で苦労することはない。メモ帳を横に名前を書き出し、第1編を読み終った。

ベズーホフ伯爵は、莫大な財産をワシーリイ公爵ではなく、私生児のピエールに相続した。どうして不良青年ピエールをそれほどまでに評価したのか。小説はそんな説明的描写など一切ない。情景はロシア貴族社会の華麗なる社交会の会話、そして近づいてくるナポレオン戦争の恐怖に男達は戦場に出発し、女達は相変わらず社交界裏話に動物的な感覚を集中させている。登場人物は次々と現われる。第1編はここまで。

しかし、じつに膨大なストーリーの最初の展開が、社交界ダンスパーティーから始るのは読者をして、さあこれから何が始るのだろうと期待に胸とどろかす。描写も簡潔だ。丁度画面が上から地上を見下ろす鳥瞰法を採用し、次々と場面は替っていく。不要な描写など一切ない。こうした動きの中で、誠実な人間の周りには、いつも張り詰めた緊張感が読者に伝わってくる。そしてロシア人固有な思索的な心のひだの微妙な動きが、快い緊張感と共に、きっりとした鋭い切り口で人生の断面を見せてくれる。

こうしたすべての配置は、これから展開するストーリーを通じ、偉大なる思想家トルストイが考える「人生如何に生きるべきか」という大テーマにキチント繋がっていくのだろう。大きな昂奮と共に偉大な教えを学びとる喜びが実感できる。

ここをクリックすれば、読書ノートの目録に戻れます。