定年後の読書ノートより
戦争と平和(第1巻第2編)、トルストイ、中村白葉訳、トルストイ全集
1805年10月ロシアとフランスとの闘いは、オーストリア、ドナウ川をはさんで、ナポレオン優勢の内に戦況はウイーン陥落の危機が迫っていた。ロシアはオーストリアを支援する形で参戦しているが、両国の間には、戦況不利を互いの弱さ故の結果だと戦場に於いても、外交場面においてでも、陰に陽に盛んに誹謗し続け、けなし合いお互いの不振を高める複雑な関係にあった。

当時の国家指導層であるロシア貴族達は、男も女も、華麗なるフランス語を使いつつ、強烈な感情表現だけはロシア語を用いて吐露するという、一流国の言葉を自慢気に鼻にかける2流国意識は作品のいたるところで顔を出す。

連隊本部に席を置くニコライ・ロストフ・アンドレイ士官候補生は、友人将校の盗みを告発する正義漢ではあったが、そんなことをすれば部隊の恥じになる、見て観ぬふりをするのが当然だ、貴様こそ謝れとくってかかる将校仲間達の忠告に「どうして俺が謝るべきなのか、そんな馬鹿なことがあるか」と食い下がる貴族出身世間知らずの頑固者。

戦闘は部隊の退路を絶たとうとするフランス側の電撃作戦によって始った。激戦の中で傷つくアンドレイ。眼前に迫る敵狙撃兵、ここのはらはらする場面は大岡昇平の「レティイ戦記」と非常によく似ている。そして激戦はロシア側の優勢で終る。しかし、戦争終了直後の戦時功績評価では、戦争という混乱した場面の業績評価であり、不合理な戦争を不合理な基準で功績評価など所詮公平では有り得ない、それは極めて冷酷なものであり、不公平そのものの限界があり、主人公アンドレイ公爵自身も、猛烈な疲労の中で、愕然とし憂うつな、重苦しい気分をどうすることも出来ない。しかしこうした不快な気持ちを和らげてくれるのは、ただ一つ、家族への暖かい思いだけであった。

戦争というすごい場面の中で人間を緊張した側面で捉え続けているこの作品は、このストーリー性の中から作品が主張するテーマそのものはまだ見えてきていないが、兎に角すごく大きな作品を、今少しづつ読みはじめ、味わい始めているという感動の中にあることだけは確か。

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