定年後の読書ノートより
戦争と平和(第1巻第3編)トルストイ、中村白葉訳、トルストイ全集
この編は3つの話、ピエールはワシリー公爵令嬢エレンと周囲の絶体絶命な押し付けに攻することも出来ず結婚する決意にいたる幾分ユーモアが隠されたお話、ワシリー公爵息子アナトリーが不器量娘公爵令嬢マリヤと政略結婚を目論むが小間使いカーチャに密かに近づき結局政略結婚は破談、しかしマリアは愛、自己犠牲の幸福からアナトリーとカーチャを一緒にさせてやりたいと密かに決意する。最後がロシア軍とナポレオン軍対決、若きアンドレイ公爵は皇帝の近くにお仕え出来る幸福に満たされ戦場への勇気を鼓舞されるが、ロシア軍の決定的は敗北で重傷を負い、捕虜となる。3つのお話は、緊張と感情の高まりの中で、読み続ける者に自然と作品に熱中させる不思議な力がある。

何故これほどまでに小説「戦争と平和」に引き込まれるのだろうか。それはこの小説に真実がチラチラと見えるところが、すごいと思う。

ピエールはエレンの美しさに虜になってしまい、白い首筋と肩の美しさに「この女はやがて自分と一緒になる」と思うと喜びが胸の奥深くから沸き上がってくる。ピールは眼鏡を外し、彼女の手に接吻をしようと身をかがめる。彼女はすばやく彼のくちびるをとらえると、それを自分のくちびるに合わせた。しかしその直後。彼女の顔は、急に変った。不愉快に気の遠くなったような表情で、ピエールをびっくりさせる。

ここの描写は実にトルストイの女を観る目の鋭さを実感する。そして、ピエールの心のつぶやき。「今はもうおそい。すべては終った。それにおれはこの女を愛している」。トルストイは決して女を作為的に純粋な憧れとも、いやらしいエゴイストとも描いていない。男の変化で刻々と変化し正体を見せていく人間として描いている。

愛にのぼせた一人の男のくちびるを巧妙に受けとめたその瞬間から、女は男をゾォーとして見つめあげる。この心理はなかなか現代作家でも描けない。

トルストイの小説には人間の本当が上品にチラチラする。これが読んで行くうちに次第に読者の心を打つ。「この本には本当のことが描いてある」そう実感する。ここが面白い。

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