定年後の読書ノートより
戦争と平和(第2巻第2編)、トルストイ著、工藤誠一郎訳、新潮文庫
妻の不義に耐え兼ねたピエールは妻と別れ、ペテルブルクに旅立った。

「何のために生きているのか」。「生と死を操っている力とは何か。死ねば全てが終りだ。だが死ぬのも怖い」。「金とはあの女に心の安らぎを与えてくれるものなのか」。

すべてのものが、ピエールにとって、無意味な、いまわしいものに思われた。そんな真っ暗闇の中にいるピエールに、近づいてきひとりの老人があった。

「貴方は不幸です」その男はずばり言った。フリーメーソンの一員という老人に導かれ、ピエールは暗闇の中にひとつの光りを求めて苦悶する。

老人はずばり語る。「貴方の考えは、傲慢、怠惰、無知の産物です」。「貴方の考え方は悲しむべき迷いです」。「貴方は神を知らない」。「神は理知によって達しられるものではない。生活によって達しられるものです」「崇高な叡智と真理は、我々が飲みたいと望む、このうえなく清らかな蒸留水のようなものです。不潔な容器にこの清らかな水をうけて、その純度を云々することが出来ますか。」「知る前に、信じて、向上しなければなりません」老人はピーエルの苦しみに対し、神を信ぜよと諭す。

ピエールはつぶやく。「僕は自分の生活を嫌悪しています」。しかし老人は応える。「貴方は神を知らぬとか、自分の生活を嫌悪しているとかうそぶいている。叡智のかけらもない」。

ピエールはつぶやく。「僕は助力を誰にも見出せなかった。すべては僕の罪です。僕を助けて下さい。」老人はしばらく黙っていた。

ピエールは膨大な領地の農奴解放に踏切った。しかしそれは、農奴の生活を少しも良くするものでも無かった。しかし、ピエールにはそれすらも気が付かなかった。彼は他人に善意を尽くす喜びを一人味わっていた。周囲の誰も彼に真実のことは言わなかった。

戦争はまだ彼等の近くにあった。戦争とは、何も判断せず、是非を論ぜず、戦争の前には、神聖なものは何もない。戦争とは自分の任務を果たし、敵をやっつけ、何も考えぬこと、これだけであった。

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