定年後の読書ノートより
戦争と平和(4−4 & エピローグ)トルストイ著、工藤精一郎訳、新潮文庫
「戦争と平和」を読みはじめたのは6月1日、読み終ったのは6月26日、ほぼ1月間もかかった。昔ロマンローランの「ジャンクリフトフ」や「チボー家の人々」パールバックの「大地」、野上弥生子の「迷路」や宮本百合子の「道標」でも、これほど長い時間はかからなかった。それだけに「戦争と平和」は確かに素晴らしい感動が自分自身の精神生活の中に残る。「大切に生きなければ」そう思う。

平和とは、何か。物語の終りに、その姿を見る。1813年ベズーホフ家ピエールに嫁いだナターシャは、ロストフ家最後のうれしい出来事であった。そしてまた1814年の秋にはニコライも公爵令嬢マリヤと結婚した。

ロストフ家の逼迫した経営状況の中で、ニコライはけっして公爵令嬢マリヤの資産に憧れて結婚したわけではなかった。ニコライは平凡な伯爵主人として、一種の勘のような、人を見抜く才能によって、領地を管理し、ロシアの民衆を愛し、よい結果をもたらした。伯爵夫人マリヤは、夫のこの愛を嫉妬しつつ、マリヤは老伯爵夫人の世話をしたり、子供達を可愛がったり、甘やかしたりして、自分に向いているこまごました奉仕することを心がけていた。「ほんとに、ほんとに信じれなかったわ」と彼女は自分にささやいた。「こんなに幸福になれるなんて」彼女の顔には微笑が輝いた。

そしてまたナターシャも没頭した対象は家庭であった。彼女は頭脳ではなく、心のすべてで、存在のすべてで、家庭に深く没入していった。ピエールの生活の1分1秒が妻と家庭に属するというナターシャの考え方に、ピエールも最初はびっくりしたが、こそばゆい思いで、それに従うことにした。結婚7年目にピエールは、自分は悪い人間ではないという、うれしい、確固たる自覚を得た。そう自覚したのは、妻の中に映し出されている自分を見ていたからだった。

ニコライも同じだった。ニコライは妻マリヤがこのように聡明なことを誇りに思い、精神的世界において妻の前に自分がいかに卑小な存在であるかとくと自覚し、それだけに、高い精神性を持つ妻が自分のものであるばかりか、自分自身の一部であることに、大きな喜びを感じていた。

2組の夫婦は静かに、そしてそれぞれに、2人の平和を味わい、思索し、それぞれの精神性を大切にした。「私達は本当に幸せだ」2組の夫婦はそれぞれにそう思った。

ここをクリックすれば、読書ノートの目録に戻れます。