定年後の読書ノートより
網走まで、志賀直哉作、新調文庫、
明治43年発表、短編。雑誌「白樺」創刊号に掲載。志賀直哉27才の作品。

物語は、東京から宇都宮までの短い車中での出会い。

鈴が鳴って、改札口が開かれた。吾れ先きと手近な客車に入りたがる。自分は一番先の客車に乗るつもりで急いだ。二六七の色の白い女の人が、1人をおぶい、1人の手をひいて入ってきた。列車は直ぐ出た。

男の子は嫌な目で自分を見た。顔色の悪い、頭の鉢の開いた、妙な子だと思った。自分はいやな気持ちがした。子どもは耳と鼻とに綿をつめていた。

「何時頃からお悪いんですか」「これは生まれつきでございますの。お医者様はこれの父親が余り大酒をするものですからだとおっしゃいますが、鼻や耳はとにかくつむりの悪いのはそんな事ではないかと存じます」「どちらまでおいでですか」「北海道で御座います。網走とか申す所だそうで、大変遠くて不便な所だそうです。通して参りましても、1週間はかかるそうで御座います」。

女の人は古いながらも縮緬のひとえに御納戸色をした帯を締めている。自分には、それらから、女の人の結婚以前や、その当時の華やかな姿を思い浮かべる事が出来る。更にその後の苦労さえ考えることが出来る。

この母は今の夫に、いじめられ尽くして死ぬか、もし生き残ったにしても、この子にいつか殺されずにはいまいというような考えも起こる。投函を依頼されたハガキ、投げ込む時、ちらりと見た宛名は共に東京で、一つは女、一つは男名だった。>

題名「網走まで」から浮かび出てくるこの短編の背景、女は、ある良くない男にだまされて、2人の子どもまでつくってしまったが、男はとうとう網走刑務所につながれることになったに違いない。女は子どもをつれて網走まで出かける。女を救ってくれる縁者はいないのか。最後に投函した手紙2通は、そんな縁者へのSOS発信に違いない。同席した短い時間ではあったが、女の将来を心配し、ホームにたたずむ。こんなストーリだと思う。

この悲痛なストーリが、スケッチ風に、短く凝縮されているだけに、緊張感があり、読む者に、作者と共に、この女の後ろ姿を追い求める気持ちを、心のどこかに残す作品である。

他人の生活を思いやる心、しかし自分にはどうすることも出来ない他人の不幸、汽車がホームを離れていくように、自分にはどうにも出来ぬ問題もある。残るのは淡い他人を思いやる心のみ。まさにクロッキーであり、スケッチである。

かって日本には不幸な人がどこにも沢山いた。しかし、いま、我々は貧しさが原因で、こちらまで胸を締め付けられる様な不幸な人々を、見掛けることはあまりない。世の中貧しさという不幸から、少しづつではあるが解放されていることは確かだと思う。

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