定年後の読書ノートより
貧困の克服、アマルティア・セン著、集英社新書(2002年初版)
著者略歴、1933年インド・ベンガルに生まれる。カルカッタ大学経済学部卒業後、ケンブリッジ大学にて学位取得。1998年ノーベル経済学賞授与。

この論文は1999年シンガポール「アジア・太平洋レクチャー」で「危機を越えてーアジアのための発展戦略―」と題するセン博士の経済講演である。教育と民主主義の重要性を主張したもので、マルクス理論の如き鋭いダイナミック性はないが、全体的視野とか、変化の中の落伍者救済的施策を求める氏の経済思想は、インドの国民性にして始めて可能な論理でもある。

アジア地域が直面している状況を考えるに際して、日本は、貴重な哲学を我々に示唆してくれている。日本の哲学には、アジアが向上できる手掛かりが内包されている。

すなわち、産業革命以降の西洋の長い発展歴史を一息に飛び越した日本の経済発展の秘密には、3つの特色がある。

第1の特色、変革の主な原動力として基礎教育が重視されてきたこと。

第2の特色、教育により市場経済が提供するチャンスへのアクセスが容易になったこと

第3の特色、国家機能と市場経済の効用の巧みな組み合わせが広く行われてきたこと

勿論、その根底には社会的チャンスの創出、個人の潜在能力の発展がある。

民主主義体制を個別に論じてはならない。民主主義体制は総合的視点から検討されねばならない。

今まで、人間的発展はその国が豊かになって、はじめて手にすることが出来ると考えてきたのは誤りである。日本は発展初期から人間的発展を大切にし、1913年ですら、すでに書籍出版ではイギリスを抜き、アメリカの2倍にも及んでいた。人間的発展が実現しようとしているのは、「人的資源」という狭い範囲での枠組みではなく、人間の基本的な潜在能力の拡大を重視することにある。よって生活の質の向上は、市場経済の規模を拡大する。

また人間的発展は女性の自覚をも高め、出生率の減少、幼児死亡率の減少にも結びつく。インドと中国の違いは、中国はこのことに気づき、人間的発展を重視する教育政策をすすめていきたのに反し、インドでは一部の高等教育を重視しただけで、結果として失敗した。

民主主義不在は、危機における不平等を拡大する。貧窮、飢餓、社会的混乱等経済的危機において、社会の不平等は拡大する。社会は経済が上昇している時点では連帯していても、経済的下降時には分裂しながら落下し不平等は拡大していきます。

飢餓と同様、経済的危機においても、最も不運な人々から次々と見捨てられていくのです。危機が勃発したときの社会における安全ネットの適切な保障システムは大変重要です。

経済成長を達成するためには、権威主義的体制の方が適しているという主張が繰り替えされてきましたが、むしろ政治的環境は不毛であっても、経済的環境の支えさえあれば、市場経済は成功することはすでに幾つかの事例で実証されています。選挙で支持してもらわなければならない場合、統治する側は、人々の要求に耳を傾けるべき政治的インセンティブ(誘因)があるのです。したがって、民主主義形態の政府では大飢饉と呼ばれるような事態など一度も起こったことがありません。

経済が順調に運んでいる場合は、民主主義の保護的な役割が切望されることはあまり無いかもしれませんが、事態が大混乱に陥いった時、民主主義の保障的役割はその真価を発揮してくれましょう。

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