定年後の読書ノートより
西域 探検の世紀、金子民雄著、岩波新書
アフガニスタンが世界の目を集めていた頃、頻繁に「ゲレートゲーム」という言葉が新聞紙上に踊った。これはどんな歴史的背景を意味する言葉なのか1901年、英国人作家、キップリングは小説「キム」を発表し、この中で、英国とロシアの中央アジアをめぐる外交駆け引き=「グレートゲーム」を生々しく情報戦争として書き上げた。当時ロシアはインド侵略を伺っていたし、英国はインド植民地を足場に中国背面を伺っていた。政治的・外向的駆け引きがその背後にありながら、表はあくまでラホール博物館ガンダーラ美術から出発した、仏教のアジア伝播歴史街道を学術的、文化的に明らかにしていくという看板を第一とし、キップリング氏こそは博物館長を父親に持つ「グレートゲーム」の中心人物の一人でもあった。

英国はロシア領事館と対面して若き外交官マカートニの努力でカシュガールに英国外交代表部を開設した。ここにはバウワーが偶然手に入れた古文書がきっかけとなり、探検家スタインとヘディン・シルクロード名づけ親リヒトホーフェン・そして我が日本の大谷光瑞等が激しく西域探検を、各自国名誉にかけて、競い合う。

著者、金子民雄氏は前著「中央アジアに入った日本人」に続いて、本書にて徹底的に西本願寺西域探検隊大谷光瑞氏とその部下たちの足跡を追跡していく。

実は、自分がシルクロードに興味を持った最初のきっかけも、韓国のソウル旧朝鮮総督府博物館で見た大谷探検隊のシルクロード敦煌出土品の数々に接した時の感動から始っている。自分は敦煌出土品に手を触れたことがあると今も自慢し、シルクロードを身近に感じている。

大谷光瑞氏は、戦後混乱の中国大連にあって、餓死寸前の日本人避難民を横目に大谷夫妻は西域出土品をロシア側に売却することにより、優雅な生活を重ねていたとのうわさ話を誰かの大連脱出記で読んだことがある。

金子民雄氏のこの本では、大谷氏の片腕となって活躍した橘瑞超氏の生い立ち・西域での大活躍も生々しく記録され大変興味深い。橘瑞超氏は大谷氏と共に、ヘディンにも面接しているし、ウルムチでは何度も生死の境をさまよい、とうとう楼蘭の砂中より、李柏文書を発掘した人でもある。大谷氏を含め彼等はすべて10代から20代で活躍したからすごい。大谷氏の説によれば、西域探検のあの厳しい精神的試練に耐えられるのは、若さだけであり、若くないと精神的にノイローゼになってしまうだろうとのこと。

今回、金子氏は海外の幾つかの文献発掘によって、大谷探検隊の足取りを確証されたが、どういうことか、大谷探検隊関係者自身は、その後ほとんど彼等の探検記を残さずに他界されたのは残念である。

シルクロードの興味はつきない。あまりにも、シルクロードの舞台は大きく、奥深く、光輝いている。これから小生どこまで、この巨大ピラミットに挑戦し自らの世界としていけるか、いささか不安さえも感ずる。

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