定年後の読書ノートより
昭和恐慌・日本ファシズム前夜、長 幸男著、岩波同時代ライブラリー
著者 長 幸男氏は1924年生まれ東大経済卒業、東京外大名誉教授、専攻 金融論 日本経済思想史。昭和危機の心情として、1932年2月9日大蔵大臣・民政党 金解禁を担当した井上準之助を東京本郷追分・駒本小学校で暗殺したテロリスト小沼正の人生回顧から、何故井上準之助を暗殺するに至ったかをたどる経過が興味深い

小沼正の生い立ちから当時の世相・階級構成そして没落していく中間層の一般的過程が伺われ、こうしたことと昭和恐慌とが、密接に結びついていたことが明らかになってくる。

小沼正は教育勅語そのままの家族主義の元で少年時代を過ごした。厳格な父、慈愛の母、親子兄弟仲むつまじい明治以降の日本社会を支える中堅階層を代表する家であった。彼はその後井上日召を通じ法華信仰に入り、国家主義運動に身を投ずるが、彼の思想は家族主義とその協同体的心情への追慕から発している。すなわち彼が求めようとしたものは、厳格な「父」の道徳的権威によって指導される「家族的」ヒエラルキーであり、慈愛の「母」によってはがくまれる「協同体」的連体である。自己の家族の観念的昇華として美化された天皇制総合家族主義であった。

ドイツ・ナチスのファッシズムも、日本のファッシズムも、どうして同じ様な情緒的家族主義を前面にだしていたか、それはこれらの家族主義の崩壊の過程を見つめていくことで認識できる。

すなわち小沼の場合には大きく3つの過程があった。

第1に本家の事業・運送店・石炭屋の失敗。いずれも馬鹿正直が命取りだった。

第2に東京で知った不景気時代の社会の裏面、民族文化の危機を感じ取ったこと。

第3に再起を期した上京で知った欠陥だらけの社会と貧富の差とそこに苦しむ下層階級

具体的には、欠陥だらけの社会として、独占営業者の専横と警察署の腐敗を御大典で知り、

法律を横に使用する悪人として債権者陸軍予備佐官Kの法を悪用した策謀を通じて、資本主義的競争の非情さ(協同体的温情主義とは対極的な)、資本制社会における淘汰の必然の成り行きを実感したこと、そうした中で悪戦苦闘したが、最終的に味わった家族離散の悲哀。

小沼は思想と呼ばれる核心ある信条に到達しなかったが、重なる挫折を契機として、絶望的な反抗心をはぐくんでいく。そして井上日召の家父長的カリスマの影響下に捨て石的革命運動に没入し、テロリズムに到達する。

井上準之助暗殺という昭和恐慌の一点に、小沼正の内面を構成する諸矛盾を通じ、恐慌とファッシズムの関係について、幾つかの示唆を実感する

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