定年後の読書ノートより
メイド イン 東南アジアー現代の女工哀史―、塩沢美代子著、岩波ジュニア新書
著者は1944年日本女子大社会福祉学科卒、戦後紡績工場社内講師として働き、現代版女工哀史に触れ、その後繊維労連書記を15年間勤め、1970年代より、アジア女子労働問題に取り組む。著書「紡績退職後の私たち」「ひたむきに生きて」

もう今の若い人は、細井和気蔵著「女工哀史」という素晴らしい古典があることも知らない。しかし近代日本が先進欧米諸国に追き付き追い越すことを目的に、重化学工業を育成し、富国強兵につとめたその影には、働く繊維女子労働者の苦難の歴史があったことを今の若い人達はどこまでご存じなのだろうか。

私自身も高校時代、日本の繊維労働者と同じ戦列に立とうと決意し、大学では繊維工学を専攻した。我々は日本の資本主義を語る時、日本の繊維労働者の歴史を知らずして、何も見えてこない。

しかし、いつのまにか気が付いたら、自分は日本のトップ企業のエリートサラリーマンの一人になって、東南アジア各国紡績工場を訪問する立場の人間になってしまっていた。エリートとは、企業社会の競争地獄を生き抜かねばならない一人のことであり、塩沢さんは、アジア労働者と協同戦線を張って、女性と若年労働者の生活を守る闘う立場の一人、ここでは2人の人生には大きな開きが出来てしまっている。

そうした意味で、自分はこの本を読んで、日本の女工哀史からの、今やアジアの女工哀史にまでつながる、長いストーリを常に仲間の歴史、自分自身の歴史として、戦い続けてこられた塩沢さんの生き方には敬服し、感動する。

しかし、今や現代資本主義はソ連崩壊後、すっかり形を変へてしまっている。

最近、幾つかの東南アジア、旧ソ連圏諸国の紡績工場を訪問してきた。そこには、正直、かっての女工哀史の連続視点では把握出来ない紡績労働者の階層意識というか、選良者意識がある。時代の先端工場に働く運の良い、恵まれた労働者という誇りがある。彼女達は、スラムの世界から、ほど遠い位置にある自分の生活に歓びを感じて働いている。

今や日本の繊維労働者の苦しみは、東南アジア各国に日本の資本家によって、拡散されてしまったというような捉え方では、果たしてアジア労働者の正しい把握ができるのだろうかという疑問がある。

現代日本の労働戦線の詳しいことは知らないが、同じような疑問が日本にもある。闘う総評は今やなく、保守的な労働貴族連合・同盟組織は傘下労働組合の存続すらも覚束ない状況の下で、現代をどうとらえているのか、この展望すらも聞こえてこない昨今と思うが如何。

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